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精神医療支援

精神医療支援

金 吉晴,鈴木友理子,中島 聡美
(国立精神神経医療研究センター精神保健研究所)

1.一般医療チームによる精神医療対応

災害は予期されない突然の出来事であるとともに,家屋の損壊や,身体的負傷,家族の犠牲や生活環境の変化など様々な要因によって住民に多大な心理的負担を与える.また,災害時の恐怖や悲惨な光景を目撃することで心理的外傷を被るなど,住民の精神健康が悪化する恐れがある.こうした精神健康の悪化は基本的には正常な反応であり,その多くは精神医学的な治療を必要としないが,将来的には回復するにせよ,災害後の困難な時期に極度の不安,不眠,苛立ち,集中力の低下などが生じた場合は,社会機能の低下や対人関係の問題等2次的な問題を発生させる.例えば感冒の多くは自然回復するとしても,災害後の対応が必要な時期に未治療で放置するわけにはいかないのと同様である.

対応としては精神健康を向上させるための心理教育,情報提供を行うとともに,援助に当たる者が被災者の心理をよく理解して適切に対応することが重要である.症状が顕在化した者に対しては通常の精神医療が必要となる.いずれにしても発災直後には精神医療スタッフは不足しているので,一般医療チームが精神科医との連携によって対応をすることが望ましい.

なお,地元の行政,保健所などに精神医療に関する対策本部が設置されることが多く,そこでの方針と矛盾を生じないように情報交換などの連携に努める.また後述する惨事ストレス被害者の見守りなど,地域の行政,保健所との連携が不可欠である.急性期に現地に入る医療チームが引き上げる際に,医療情報の現地への引き継ぎを円滑に行う必要がある.

2.被災者の心理的負担(カード1)

1)一般的ストレス:
被災者が抱く不安の多くは異常な事態に対する正常な反応であり,身体,生活,心理的な保護を与えることができれば数週間のうちに回復することが多い.従って,個別の錯乱,過呼吸などの事例を除き,多数の被災者を相手にする場合には,不安そのものを一次予防,二次予防の対象として医学的な治療介入の対象とすることは実際的ではない.自然回復を促進するような保護的環境の実現(安全,安心,安眠の確保→カード4)と,逆に回復を妨げるような要因の減少を心がけることが必要である(家族の安否の不明,復興支援の遅れ,避難所での生活ストレスなど).
2)トラウマ性ストレス:
自分自身の生死の危険,災害の脅威への体験,近親者の死亡の瞬間や損傷した死体の目撃,建物の倒壊,建造物の崩落などによって,強い恐怖と無力感,孤立感を生じた場合,一種の恐怖条件付けが生じ,その体験が反復して想起されるとともに,当時と同じ強い恐怖が体験され,興奮することがある.また心因性の解離が生じ,記憶や意識,感情がぼんやりとし,一見,他人事のように平然としていることもある.このような場合でも,保護的環境にあれば自然に回復する場合が多い.
近親者の喪失,損傷死体の目撃などのとりわけ悲惨な体験をした者については,カード5に述べる惨事ストレスを疑う.

3.被災者の心理的反応(カード2)

1)現実不安型:
不安を訴えるが,現実のストレスに対する正常な反応であり,普通に対話が出来ているというタイプである.あるいは,何とか自分の気持ちを落ち着かせながら,話が出来ていることもある.これ以上の心理的衝撃から保護し,「今はつらいのが当然であるが,必ず落ち着く」「不安があっても取り乱さないこと」「飲酒,刺激物を控えること(アルコール,カフェイン)」を指導する.カード3の保護的対応でほぼ十分である.
2)取り乱し型:
感情のコントロールができず,話している間にも取り乱し,不安や恐怖,悲哀,怒りなどが生じるタイプである.重症化すると過呼吸,パニック発作となる.もともと不安傾向が強い場合,不安障害の既往がある場合,また災害による被害の内容が極端に悲惨であった場合などが考えられる.正常不安への対応に加えて,対症療法的に抗不安薬,睡眠導入剤を投与しても良い.ただし心理的依存形成に注意し,安易に連用しない.基本的に交感神経系優位になっているので,カフェイン,激しい運動など,賦活刺激を避ける.
3)茫然自失型:
強い心理的衝撃によって呆然とし,感情麻痺が生じている場合である.一見すると平静に見えるので,支援から取り残されることがあるが,感情的な反応がないこと,いわゆる「上の空」に思えること,話にまとまりがないことから推測する.苦痛があることを否定し,投薬も拒否する場合がある.多くは時間とともに回復するので,継続して経過を観察するとともに,カード5に示す惨事ストレスなどが生じていないかに注意をする.

4.保護的対応(カード3)

こころの問題であっても,実際には身体や生活の安全といった外的な状況に左右されるところが大きい.安静,清潔処置をせずに外科治療を行うことがあり得ないのと同様,外的な条件に留意すべきである.直後の1週間ほどは,症状の変遷が激しく診断が確定しにくいので,対症的な安静をはかる.そのためには安全,安心,安眠の確保が不可欠である.

1)安全:
身体医療の提供,生活環境の整備(避難所への誘導,避難所内での安静環境の実現など),余震や崩落などの危険からの保護を含む.
2)安心:
心理的な初歩的なケアを与える.急性期の不安症状に関する心理教育(カード4),家族,友人などとの連絡の確保,また安否確認,今後身体,メンタルを含む医療が必要となった時の連絡先情報の提供.個別のケアだけではなく,保護的環境の実現,物理的保護なども重要である.これらが整っていれば,多くの住民は自然に落ち着く.
3)安眠:
安眠できる環境があるかどうかを確認する.ベンゾジアゼピン系の入眠導入剤は,心理的依存を形成する恐れがあるため,主治医のいない救急対応としては一度に3回分までの投薬とする.なお余震が続く場合は,強すぎる睡眠導入剤によって覚醒できないことは危険であるので,その点に注意する.

5.初期の心理対応(カード4)

発災直後の住民に対して,PTSDの有効な一次予防,二次予防方法に関するエビデンスはほとんどない.その大きな理由は大多数が自然に回復するためである.

急性期の場合の被災者への対応の目標は,住民の不安を悪化させない態度,話し方を心がけることによって,住民とのコミュニケーションを円滑にし,医療を含む様々なサポートを受けやすくすること,集団としての不安を抑制することにある.

態度としては,ゆっくりと,目を見て,短文で明確に話すことが重要である.また「こちらが知りたいこと」ではなく,相手が関心を持っている情報,支援を与えることが有効な心理的な配慮となる.心の内容を無理に聞き出す必要は全くなく,有害なこともある.相手の心理を決めつけたり,安易に励ますようなことはしない.

心理教育としては,まず,不安そのものは当然の反応であること,次第に軽快すること,取り乱さないで行動すべきことを伝える.もし時間があれば,不安の強い被災者には,呼吸法を教育する.ゆっくりと数を数えながら大きく息を吐き,同時に両上肢,腹部などの力を抜くように指導する.その後,ゆっくりと息を吸うが,呼気の時にはすべて息を吐ききり,吸気の時には静かに吸って8割くらいで止めるというイメージにする.

カフェインの不安惹起作用の教育も必要である.心理的衝撃を受けた者が,コーヒー,紅茶,緑茶,コーラ,健康飲料などによってカフェイン摂取を増やし,不安を悪化させている場合が少なくない.

心理相談等の窓口を設けた場合には,その情報を伝える.しかしほとんどの住民は心理的,精神的な問題について自発的に相談することはない.従って,受診のポイントを指示する.注意集中力の著しい低下,2日以上の連続する不眠,動悸,呼吸困難などの基準を与える.

注意)
悲惨な感情や体験を話すことをあえて促すような対応は,PTSDを誘発することがあり,すべきでない.このような技法はデブリーフィングと呼ばれ,PTSD予防に有効と思われていたが,国際ガイドラインや学会で完全に否定され,それを主張した本人も公開の場で誤りを認めている.現在でも「災害後の心のケアを急がなくてはならない」との主張が見られることがあるが,この誤った説の影響である.なお精神医学では救命救急の様な発災後何時間以内といったcritical periodの存在は証明されていない.

6.惨事ストレス(カード5)

特に損傷死体や幼児,知人の外傷を受けた死体の目撃を惨事ストレスと呼ぶ.惨事ストレスは被災者にも支援者,救護者にも生じる.支援者は,業務上,多数の損傷死体を目撃する可能性があり,惨事ストレスのリスクが高い.被災者の中に思いがけず近親者,知人が含まれていたり,小児の死傷や損傷死体を目撃することはリスク要因である.援助者は使命感から,自分の苦痛を訴えないことが多い.惨事ストレスが疑われたら,本人の訴える症状にかかわらず観察,保護の対象とし,業務内容の変更,ローテーション,パートナー制の導入などを検討する.

7.遺族への対応(カード6)

災害等で突然に大切な家族を失った遺族の動揺は著しく,時には悲嘆が長期化する(複雑性悲嘆)場合もある.また,うつ病やPTSDなどが合併することもあり,死別直後からの関係者の配慮や長期的な支援が重要である.死を告知された直後には,取り乱して泣き叫んだり,死を受け入れることができず,否定することもある.呆然として医療者の話が耳に入らない場合もある.呆然とした反応は他人にはわかりにくいので,注意深い対応が必要である.

遺族への対応は死の告知からはじまる.がんの告知や,臨終の場での対応と同じように,災害などの現場であっても,相手の動揺に配慮して落ち着いて穏やかな態度で接することが重要である.特に遺体の損傷がひどい場合には,対面の前に十分に説明し,予期できるようにする.損傷遺体の目撃がPTSDの原因になることもある.

動揺した遺族が落ち着けるように時間をかけて,対応することが必要である.悲嘆反応は時間がたってから生じるので,その場での症状が無くても,遺族については継続的な支援,治療の紹介などのサポートに結びつけることが必要である.損傷死体を目撃した遺族は,症状の如何に関わらず,地元の医療機関に申し送り,フォローすることが必要である.

まとめ

災害時に不安を感じることは正常な反応であり,適切な保護,支援が提供されれば回復することが多い.錯乱やパニック発作などを除き,本人が望んでいないのに精神医学的な介入の対象とすべきではない.早期の集中的なカウンセリング(デブリーフィング)を行うとPTSDが予防できるという説は国際的に否定されている.精神医学では,救命救急の様な発災後何時間以内といったcritical periodの存在は証明されておらず,主要な国際ガイドラインは急性期には思慮深い見守りを推奨している.被災者全体に対する心理教育,情報提供と,被災者の心理を理解した上での対応が必要である.地元の行政,保健所などに精神医療に関する対策本部が設置されることが多く,情報交換などの連携に努める.惨事ストレスのような悲惨な体験をした場合には,訪問支援などによる見守り活動を続けることが肝要である.その情報を地元の対策本部,保健所などに引き継ぐことが重要である.

Key words

PTSD,トラウマ,悲嘆,惨事ストレス,心理教育
〔日内会誌99 : 3108~3111,2010〕

文献
  1. 金吉晴編:心的トラウマの理解とケア第2 版.じほう,2006.
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