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アクションカード避難所編改訂 ―東日本大震災の教訓を受けて―

アクションカード避難所編改訂 ―東日本大震災の教訓を受けて―

井口 清太郎(新潟大学大学院医歯学総合研究科新潟地域医療学講座地域医療部門)

〔日内会誌 105:2259~2262,2016〕

はじめに

 サバイバルカード・アクションカードの改訂についてはこれまで別稿で書かれてきた通りである.今回の改訂では,避難所という場においてDMAT(Disaster Medical Assistance Team)の受け入れ,急性期の立ち上げから慢性期,集約化・撤退に至るまで同一の現場における経時的な役割の変化を踏まえた形式とした.
 また,災害と一言でいっても,その様態は幅広く,求められる医療も様々であろう.しかし,本稿では,その中でも内科医として,特に避難所を現場として関わる際に,最低限おさえておきたいエッセンスなどをまとめて記載した.このアクションカードが必要となる現場は限られた環境下であると思われるし,このアクションカードを使うような状況にある医師は限られた者であろう.だが,過日発生した熊本地震は,日本という国にあって地震災害が起きないと断言できる場所などどこにもないことを知らしめた.全ての医師が状況によってはこれを必要とする現場にいる可能性があるともいえる.
 また,避難所で実際に救護所を立ち上げる際に,過去の経験をもつ医師は多くない.日本内科学会専門医部会 災害医療ワーキンググループは新潟県中越地震,中越沖地震を経て,2010年よりシリーズ「内科医のための災害医療活動」の連載を行ってきた.本稿は,その中でも特に医療支援編(避難所編)1)を参考にしつつ,東日本大震災の経験も踏まえて改訂し,作成した.本シリーズが現場において救護所を立ち上げる際に必要なこと,引き継いでいく際に考えるべきこと,対応する際におさえておきたい疾患,病態についても網羅するよう配慮した.殊に,重要な事項については赤色で示した.

1.避難所編―救護所立ち上げ(1)(2)

 発災直後に災害規模や自身の周辺地域の被害状況を把握することは,どのような災害であってもまず必要なことである.また,自身が所属する組織がどのような性格をもつ組織なのかを認識することも必要である.すなわち災害医療病院なのか,地域の診療所(個人か公的機関か)なのか,人的資源をどの程度有する組織なのかによって,その後とるべき対応が異なってくる.当初,最も必要なことは救護所設置の是非と行政との連携である.救護所も継続していくためには行政との連携は必須であり,単独では存立し得ないからだ.行政組織と連携することで,必要な物資・人員の継続的な確保にもつながり,災害に特化した救援隊であるDMATとの連携も図れる.また,ライフラインに関する情報も重要となるだろう.救護所で活動していく際に診療の継続性を担保するためには診療録の作成は必須といえる.電気やネット回線など通信関連インフラの被害状況にも左右されるが,紙媒体や,場合によってはパソコン上に記録できる形式のものでもよいだろう.

2.避難所編―トリアージ・DMAT対応

 ここではトリアージについて触れた.すでにトリアージの実際については多くの文献で触れられていると思うが,重要なものでもあり,改めて再掲する.また,START(simple triage and rapid treatment)法によるトリアージのフローチャートをに示す.救助者に比し,負傷者が極端に多いときなどに用いて,一人おおむね30秒程度で判断する.もちろん,全ての状況に当てはまるものではないが,繁用されている.実際に用いる場合には直接治療に関与しない専任の医療従事者が行うとされている.また,可能な限り,繰り返し行うことが推奨されている.

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3.避難所編―DMAT・急性疾患対応

 発災当日から1 週間程度までを考慮し,着目すべき病態について列挙した.発災の初期にあって,これまでの医療を継続する必要のある人を見逃してはならない.具体的には在宅酸素療法者,透析患者,インスリン自己注射の患者などであり,これらは数日のうちに対処方針を決定する必要があり.また,それ以降では慢性疾患でも治療が中止されることで急速に悪化していく疾患を挙げた.特に薬物治療が行われている糖尿病,心不全,高血圧などは治療の継続が必須であり,内服薬の中止は意図せぬ重大な結果を生じることがある.
 発災して1 週間以上経過した時期になると,感冒や肺炎,さらには不安やそれに起因する不眠,食欲不振などが顕在化してくる.避難所環境への配慮が求められ始める時期でもある.

4.避難所編―慢性疾患・その他対応

 避難所で患者を診るときに,外傷を中心に診る時期は初期に集中しており,その後は慢性疾患に対する内科的な対応が求められるようになる.本編では,発災後の時期によって着目すべき慢性疾患などについて記載した.まず,発災のごく早い段階で対応を要する病態を挙げており,これらは避難所で患者が来るのを待つだけでなく,能動的に拾い上げることを要する.特に内服薬を持ち出せずに避難してきた患者は要注意である.数日の内服中止では直ちに影響はないものの,長期的な避難生活の中で問題となる疾患もあり,これらは留意する必要がある.患者の中には内服を中止しても,大きな問題がないと考えている場合もあり,災害時故にわがままを言ってはならないと考えている者もいる.医療者から率先してこれらの患者を能動的に拾い上げ,内服継続の必要性を伝えていくことも重要な役割である.
 災害発生後のストレスなどにより災害発生後2~4週間までは血圧が上昇することが知られており2),実際に脳卒中や心不全など循環器系の疾患が発災直後から約3 カ月にわたって増加・遷延したことが知られている3).また,集団生活が長引く中で,感染症の発症は最も懸念されるところである.災害の発生した季節によっては,インフルエンザなど特に注意する必要があろう.東日本大震災では避難所における徹底的な感染症対策支援,マニュアル作成による情報の共有化などを行うことで,効果的に感染症マネジメントを行うことができた4).今後の災害医療においても参考になると思われる.
 元来,健康な者であっても長期的な避難所という集団生活の中で問題が起きてくる場合があり,これらについても留意する.特に生活不活発病は高齢者において気をつけるべき病態である.東日本大震災では震災7 カ月後に南三陸町で行われた全町民の生活機能に関する調査において,非要介護認定高齢者の23.9%に歩行困難が出現し,回復しないままであったことが知られている5).特に避難所や仮設住宅ではその頻度が高いとされており,医療者はそのことを踏まえて対応していかなければならない.

5.避難所編―救護所撤収

 救護所を開設する際には,必ず始まりがあれば終わりがあることを認識していかなければならない.避難所があり続ける限り,救護所を設置し続けることは必ずしも正しいことではない.また,災害によって,その地域の平時よりもさらに医療が充実している状況を長引かせることは,最終的に地域の医療にとって資することにはならない可能性がある.救護所の集約化・撤退については,常にその可能性に留意しながら見極めていくことが求められる.東日本大震災で町内の全ての医療機関が壊滅的な被害を受けた南三陸町では,震災からわずか2カ月足らずで全国の医療支援チームの撤退を完了させた6).もちろん今後,起こり得る全ての災害に適用することはできないが,その撤退の目安(医療の安定化,地元医療機関の再開,通院方法の確保)や,その後のきめ細やかな経過観察体制については参考になるところが多い.

おわりに

 世界一の超高齢社会にある日本にあって,災害医療もまた,他国のそれとは異なる視点をもたざるを得ない.災害医療は外傷などへの対応だけでなく,内科医としての視点をもち,活動するとともに公衆衛生的な対応も必要とされる.特に避難所編では公衆衛生的な視点が重要である.もはや,医療職が単独でなし得るものではなく,行政に関わる多くの人たちと連携し,危機的状況に対応していかなければならない.災害医療に関わる医師には医療だけでなく,地域社会を俯瞰することが求められる.来たるべき災害への医療対応に本稿が資することを願っている.

著者のCOI(conflicts of interest)開示:井口清太郎;寄附講座(新潟県)

文献
  1. 藤田俊夫:医療支援編(避難所編).日内会誌 99 : 2604-2606, 2010.
  2. 苅尾七臣:災害時の循環器疾患:内科診療の留意点.日内会誌 101 : 1446-1457, 2012.
  3. 下川宏明:3.東日本大震災から学ぶ内科疾患~特徴,対応,予防~1)東日本大震災と循環器疾患.日内会誌 103 :545-550, 2014.
  4. 賀来満夫:3.東日本大震災から学ぶ内科疾患~特徴,対応,予防~5)感染症.日内会誌 103 : 572-580, 2014.
  5. 大川弥生:生活不活発病の予防と回復支援―「防げたはずの生活機能低下」の中心課題.日内会誌 102 : 471-477,2013.
  6. 西澤匡史:南三陸町における災害医療.日内会誌 101 : 1136-1140, 2012.
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