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アクションカード在宅医療支援編

アクションカード在宅医療支援編

根本 聡子(片貝医院)

〔日内会誌 105:2458~2462,2016〕

Key words 健康手帳,緊急医療手帳,災害時要援護者,福祉避難所,災害診療記録

はじめに

 筆者が経験した新潟県中越地震が発生した頃,在宅医療支援はまだ認識されていなかった.乳幼児や要介護者を抱える家族は,不便さや他の避難者への気兼ねから,避難所を離れて車中泊や在宅避難を余儀なくされた.高齢者は介護サービスの停止した中で不慣れな避難生活を送り,心身活動レベルを維持できず,介護者も疲弊しており,当時も在宅での医療・介護支援のニーズは増加していたと思われる.
 2011 年の東日本大震災は,地震と津波により地域全域が広範囲に破壊されるという未曾有の被害をもたらした.災害拠点病院を含む医療機関が複数被災し,救急患者の受け入れ医療機関が不足したばかりか,交通インフラの被災で住民が医療機関にたどり着けない事態が発生した.
 慢性期に入っても,医療や介護が必要な在宅高齢者の実態を把握できない状況が続く状況下で,被災地の医療者や行政と医療支援者は,協力して被災地における中長期の在宅医療支援サービスを立ち上げた.このおかげで,DMAT(Disaster Medical Assistance Team)に代表される災害救助の急性期活動のかげで見落とされがちな,被災・避難生活により発生する要援護者に注目した在宅医療支援の必要性が認識されてきた.本稿では在宅医療についての災害対策・準備や災害医療支援活動を,被災者側と支援者側の両者の視点から述べてみたい.

1.災害への備え(平常時)(カード01)

 被災を想定して,平常時から訪問診療中の患者への対応を考えておく.
 訪問診療患者はもとより,日頃から体調を崩しやすい患者や要介護者,災害弱者は,避難生活で医療需要度が増すことが多い.在宅避難や避難移動先で役立てるように,「健康手帳」や「お薬手帳」に通常診療の要点や起こしやすい病態(喘息注意,心不全注意,便秘注意など)の記載をつけて,患者が所持しやすいバッグに入れておいてもらう.持病の薬は7 日分程度を手帳とともに確保できるとよい.特に重要な薬(インスリン,抗凝固薬など)が不足した場合には避難所や救護所に申し出るよう指導しておく.
 訪問診療先には,避難する際に避難先を記載したものを玄関に貼り,所在と安否を知らせるように指導する.
 自院が災害により外来や訪問診療を継続できない場合,医療機関入口付近にその旨掲示する.医師が避難している先も掲示するとよい.連絡方法には通信,貼り紙,徒歩を組み合わせる.自院がこうした行動をとることを患者に周知する.
 訪問患者リストは,自院が訪問診療を行えず,医療支援を受ける場合にも役立つだろう.
 災害用医薬品や事務用品セットは,被災下でも被災地に救援に向かう際にも使えるので準備しておくとよい.主要道の通行規制に備え,被災下で医師・医療機関の使用する車両は,管轄警察署の交通課に規制除外車両の事前届出を行い,「規制除外車両事前届出済証」を取得することが推奨される.被災地救援に向かう際にも念のため所持するとよいかもしれない.

2.訪問前の打ち合わせ(カード02)

 東日本大震災では,甚大な被害で復興が遅れたこと,多数の医療機関が被災し,地域の医療機能不全が長期にわたって続いたことなどにより,慢性期に入っても通院がままならない住民が多数存在した.日頃は訪問診療を行っていた診療所も被災して機能を失い,在宅医療そのものが危機に陥る中で「気仙沼在宅支援プロジェクト」1)が立ち上げられた. これは地元医師,全国各地の医療支援チーム,日本医師会災害医療チーム(Japan Medical Association Team:JMAT),日本プライマリ・ケア連合学会の災害医療支援チーム(Primary Care for All, Team:PCAT)が協同し,他職種とも広く連携して長期に維持された在宅支援活動で,今後の災害支援のモデルとなり得るものと思われる.他に在宅医療支援を知る資料がほとんど存在しない現状であるため,稿を起こすにあたり,このプロジェクトをイメージしていることをお断りしておく.
 訪問診療開始時に,すでに訪問先リスト(在宅療養患者,要介護者,災害時要援護者など)が存在する場合は,事前情報をもとに訪問計画を立てる.事前情報が全くない場合には,在宅避難者の戸別訪問から開始する.訪問診療のチームは合同で打ち合わせを行い,担当エリアの地図をたよりに戸別訪問を行い,医療支援の必要な人を抽出する.訪問診療は後述のチェックポイントを参考に必要な診断・治療・処方を行い,1 日訪問後の報告会議で診療情報を共有し,以降は計画的に訪問診療を継続する.診療以外に支援の必要性を感じれば,会議に参加した行政担当や保健師,必要な分野の支援者に相談し,支援につなげてもらう.

3.在宅避難者のスクリーニング(カード03)

 難病患者のように,人工呼吸器や酸素濃縮器などの医療機器が停電などで使用できない状態になれば生命の危険にさらされる.自宅に備えたバックアップ電源装置やその使用方法,非常時に連絡する医療機器取り扱い業者,災害時の受け入れ先病院,関係機関と連携して病院に向かう体制などについて,患者ごとの身体状況を含めて記載した「緊急医療手帳」の所持が推奨されている(表1).「緊急医療手帳」をもつ難病患者や,手帳がなくても在宅でバックアップ装備使用中の患者を発見すれば,電力供給の復旧見込みがないエリアであれば,早めに電源のとれる医療機関や施設に収容すべきである.
 災害時要援護者2)(表2)は,一般避難者と同じ避難所では生活に支障を来たす,あるいは周囲への気兼ねや喧騒を避けたいなどの事情から,在宅避難を選ぶことがある.訪問の際にはよく話を聴き,在宅避難を続けることに健康上の不安がある場合には,福祉避難所3)(表3)があれば誘導する.
 在宅避難者の中に医療依存度や福祉依存度の高いケースは,訪問診療あるいは他職種の訪問支援(薬剤師・訪問介護・一般および特殊な救援物資を届けるなど)で対応しつつ見守り,状態悪化の兆しがあれば病院や福祉避難所,施設への入院・入所へつなげる.

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4.訪問診療(投薬や処置)(カード04)

 東日本大震災当時はまだ医療救護で使用する診療録(カルテ)に統一の様式や運用ルールがなく,医療班同士の引き継ぎに支障を来たした反省から,「災害診療記録」4)が日本救急医学会により作成された.書式は公開されており,誰でもいつでもダウンロードして入手できることから,現状では在宅訪問診療でもこの様式を使用するのが自然だろう.
 訪問診療先では,自覚症状,他覚所見,精神状態に基づいて必要な診察を行い,当座の処置や処方,また,アドバイスがあれば行う.患者が居場所を変える場合に備え,病名・処置・処方内容を患者に伝える(6 で詳述).処方切れ薬や特殊なニーズを調査する.これらの訪問時情報は全て災害診療記録に記載するか,別に必要な書式に記載し,報告に備える.

5. 他チーム・他職種との情報共有(カード05)

 訪問診療を担当するチームは,原則として毎日会合を開き,訪問前の打ち合わせと訪問後の報告ミーティングを行う.ミーティングに市町村職員や保健師が加わることで,行政や医療福祉サービスの復旧過程で連絡をとり,必要な支援をともに考えることができる.
 収容すべき人がいれば報告して収容先を検討,手配を依頼する.必要な医療物資,処方切れ薬剤の補充,その他の支援要請について調達と配達の手配を依頼する.訪問した場所を受け持ち診療エリアマップ上に記載,訪問を継続する人の住居を判別できるようにする.
 初回の訪問以降は,記載された災害診療記録を持参し,必要な医療行為を行う.引き継いだ問題の経過を確認し,新たな問題や状態悪化の兆候がみられたら速やかに対応・報告する.

6. 訪問時に患者に伝えること,および「覚え書き」(カード06)

 在宅避難者が病院や避難所に移ったり,被災地を脱出して遠方に身を寄せたりすることはよくあることで,新たな医師に病状や受けた治療を説明できるよう,患者に情報を提供する.
 カード06 に挙げた例は最低限で,書式はこれに限らない.健康手帳やお薬手帳に書くのもよいかもしれない.
 カードの端に,災害医療対策本部や災害医療コーディネーター,支援チーム,連携する避難所や救護所,医師・医療機関の情報を記入する「覚え書き」欄を設けたので活用されたい.

おわりに

 発災数日後ともなると,被災地には多数の医療救護チームが流入する.災害医療支援者は使命感に燃えて活発な活動を求めがちだが,あくまで逼迫した被災地の医療ニーズを手助けするのが目的であり,被災医療者の声を聴き,協調する姿勢が大切である.一方の被災者側は,興奮により疲れを感じにくかったり,使命感から平常時以上の力を発揮したり(いわゆる「火事場の馬鹿力」)する,一方で外部の介入が煩わしく,自分の好きなようにやる方が楽だと考えるなど,支援を拒絶することもある.しかし,医療者が疲弊しては長期にわたる災害対応が行えないため,無理は避けるべきであるし,支援を受け入れることは災害医療支援者が経験を積み,実力をつけることに貢献し,災害医療全体を進化させると考えれば,被災者側が支援を受け入れ,支援者側と協力することは大切だと考える.
 災害時の在宅医療について被災者側と災害医療支援者側から述べた.新潟県中越地震発生から約12 年の間,日本では火山噴火,震災,津波,原子力災害と多数の災害が発生した.災害の性格や規模により,被災急性期の傷病は異なり,また,避難所や在宅,車中泊といった多様な避難形態により,急性期以降に必要な医療ニーズも異なることがわかってきた.インターネット上の情報で他人の経験をリアルに追体験できる時代に至って,災害医療に実際に携わった経験がなくても,内科医がどのフェーズでどのような災害支援が行えるか,自らの担う役割が少しずつ見え始めた気がしている.
 例えば,前述したように,平常時に患者が自分の診療情報を手元に置けるようにしておくだけで,被災後の不安を軽減し,かつ災害医療の質を上げることができる.大災害を想像して立ち尽くすより,できることから少しずつ災害への備えを積み重ねていくことが大切であると思う.在宅医療支援は内科医の特性を活かせる災害支援分野だろう.被災地の医療全体をバックアップすることになり,復興への力となることは間違いないだろう.
 もっとも,きめ細やかな在宅医療支援が常に望ましいとはいいきれない.マンパワーに支えられた手厚い訪問サービスが続けば,生活不活発病を助長し,自立を妨げるという患者のためにならない側面もある.被災地の医療や福祉サービスがある程度復旧したら,災害前の生活に患者が早く戻れるよう,速やかな撤収もまた必要な支援である.

著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容に関連して特に申告なし

文献
  1. 長 純一,永井康徳編:大規模災害時医療(スーパー総合医).中山書店,2015, 106-111.
  2. 日本赤十字社:災害時要援護者対策ガイドライン.2006.
  3. 内閣府(防災担当):福祉避難所の確保・運営ガイドライン.2016.
  4. 災害時の診療録のあり方に関する合同委員会:災害診療記録報告書.2015, 5-17. http://www.jaam.jp/html/info/2015/info-20150602.htm
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