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災害時の不安対応と心理的応急処置 PFA(サイコロジカル・ファーストエイド)

災害時の不安対応と心理的応急処置 PFA(サイコロジカル・ファーストエイド)

大沼 麻実(国立精神神経医療研究センター成人精神保健研究部)
篠崎 康子(国立精神神経医療研究センター成人精神保健研究部)
金 吉晴(国立精神神経医療研究センター成人精神保健研究部)

〔日内会誌 106:130~132,2017〕

Key words 災害,不安,不眠,PFA(サイコロジカル・ファーストエイド)

はじめに

 うつ病,不安症患者のほとんどは,まずは身体科を受診するといわれる.災害時にも,精神科医を初診するよりは,身体科,プライマリ・ケア医を受診する者が多いことが予想される.これらの現状を踏まえ,一般医療の現場でよくみられる不眠,不安を取り上げ,的確かつ迅速な対応のための手引きを作成した.
 また,PFA(psychological first aid,サイコロジカル・ファーストエイド)とは,深刻な危機的出来事に見舞われた人々に対して,支援者が心理社会的支援を提供するためのガイドラインである.被災者が現状以上の被害を受けないように安全や安心を確保し,尊厳や文化に配慮しながら支援を行うための枠組みが示されている.PFAのガイドラインはいくつかの団体から公表されているが,世界保健機関(World Health Organization:WHO) が2011 年に発行したもの1)は,精神保健の専門家のみならず,幅広い職種の支援者に普及しやすいという特徴がある.本アクションカードでは,WHO版PFAのガイドラインに基づき,支援者が職種にかかわらず,共通して身につけておくべき心構えと対応をまとめている.

1.不眠への対応(カード01)

 災害後,余震などの影響で不眠を訴えるケースが多い.しかし,夜間の余震が多い状況を考えるとこのほとんどは正常反応であり,睡眠導入薬で深い睡眠を誘導することは避難の遅れにもつながりかねない.日中を含めた断続睡眠がむしろ適応的な状態である.日中の作業などのために総体的な睡眠時間が減少し,眠気のために生活に支障が出る場合がある.そのような場合は夜間の睡眠を改善する必要があるので,避難所の環境などを改善し睡眠を確保できるようにし,睡眠リズムの心理教育を行う.必要に応じて睡眠導入薬を用いてもよいが,心理的依存形成の恐れがあるので連用はできるだけ避ける.なお,ベンゾジアゼピン系の睡眠導入薬で不眠が悪化する場合には睡眠時無呼吸症候群の可能性もあるので,入眠中のいびき,歯ぎしりなどを確認する.

2.不安への対応(カード02)

 状況の変化に対する不安の多くは合理的な対処行動を促すための正常反応であり,必ずしも医学的症状とみなす必要はない.不安を生じる原因となる生活,避難ストレスを傾聴し,可能であれば実際的な支援につなげることが望ましい.パニック発作や過呼吸は,行動のコントロールが保たれなかったり悪化の傾向がみられたりする場合にのみ,頓服として抗不安薬を処方してもよい.
 不安を悪化させる要因として,貧血,心疾患,甲状腺機能亢進症,抗うつ薬などの投薬の影響を除外する.また,カフェインは不安惹起性物質のため,不安症状が強い場合には控えてもらう.急にやめると離脱症状が出現するため,1週間で5 割程度,徐々に減らすことを目標とする.激しい運動,大音響の音楽も不安を惹起することに注意を要する.
 PTSD(post-traumatic stress disorder)は災害後,1 カ月を経ないと診断できない.被災直後のPTSD症状(フラッシュバック,悪夢など)のほとんどは1,2カ月で自然に軽快する.治療対象となるのは,不安が強度の場合以外は,慢性症状が固定化した6 カ月以降である.

3.呼吸法(カード03)

 不安を感じている人々は,続けて話し続け,苦しくなったところで一気に息を吸い,そのときに胸郭を大きく動かし,また,息を吐かずに吸い込んだままの状態で話し続けるということが多い.これは吸気優位の呼吸をつくり出すことによって,過呼吸と同じような状態に陥る.このような患者には,軽く息を吸ってゆっくり大きく吐くという呼吸法が適している.これを1 回10 分,1 日数回行うように指導する.特に抗不安薬を処方する場合には必ず呼吸法を教え,服用をできるだけ控えさせる.

4. 心理的応急処置―PFA(サイコロジカル・ファーストエイド)とは(カード04)

 被災者が二次被害を受けないようにするための関わり方が重要である.ほとんどの被災者の場合,水や食料の確保,大切な人と連絡がつくことなど基本的なニーズが満たされ,適切な心理社会的支援が受けられれば,災害直後のストレスによる非特異的な不安,抑うつ,不眠などの症状は時間とともに自然と回復していく.そのため,被災者が自然な回復力(レジリエンス:resilience,「ばねの回復する力」の意)を取り戻せるよう,こころのケアをむやみに押しつけないように支援する必要がある(do no harmの原則).
 二次被害で特に注意したいのは,ストレスとなった直前の出来事における認知や考え,情緒的反応を,積極的かつ系統的に語るように求めることにより,感情の表出を促す(心理的デブリーフィング:psychological debriefing)手法である.心理的デブリーフィングは1990 年代まではPTSDの発症を予防する手法として用いられたこともあったが,混乱した状況で専門家によるサポートもなく実施することは,かえって悪影響を与える可能性があるという研究結果が出されるようになった.そのため,現在では,緊急時支援としての心理的デブリーフィングは国際的に否定されている.それに代わって先行研究2,3)で自然回復に関連することが示されている要因を取り入れ,できるだけ安全な支援方法としてWHOなどによって開発されたものがこのPFAである.なお,並行して災害時の精神心理対応の全体像についての国際ガイドライン4)も開発されており,WHO版PFAはその一部として作成されている.

5. 心理的応急処置―PFA(サイコロジカル・ファーストエイド)活動原則(カード05)

 WHO版PFAの活動原則は, 活動前の「準備prepare」と,活動中の「見るlook・聞くlisten・つなぐlink」の頭文字からとったP+3Lから成り立っている.安全で効果的な支援を行えるよう,現地に入る前には,現場の状況についての正確な情報を可能な限り収集することが望ましい.支援中においては,被災者が自分自身をコントロールできるように手助けをし,気持ちを落ち着かせるような話し方を心がけ,必要に応じて公共のサービスや情報につなぐことが求められる.

6. 心理的応急処置―PFA(サイコロジカル・ファーストエイド)被災者を傷つけないために(カード06)

 被災者を傷つけずに最善のケアを提供するための行動指針として,倫理上すべきことと,してはならないことを挙げている.PFAの目的は,災害,犯罪,事故などの困難に直面した人や地域の回復を阻害しないことである.そのために,支援者は現地の文化に合った礼節を守り,時や場所,あるいは自分の立ち位置をわきまえ,支援活動をする個人や組織の営利のためにPFAを用いないことが大事である.大規模災害が発生すると,支援のために国内外の様々な団体が被災地に入るが,時に支援方法や目的・目標の違いから支援者あるいは組織間に摩擦が生じることもある.それによって,被災者が不利益を被ることは避けるべきであり,そのために
も支援者は他の支援活動との連携や調和を心がけることが求められる.

 

著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容に関連して特に申告なし

文献
  1. World Health Organization, et al : Psychological first aid : Guide for field workers, WHO, Geneva, 2011.[訳:国立精神・神経医療研究センター,他:心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)フィールド・ガイド.2011]http://saigai-kokoro.ncnp.go.jp/pdf/who_pfa_guide.pdf
  2. Bisson JK, Lewis C : Systematic Review of Psychological First Aid, Commissioned by WHO, 2009.
  3. Hobfoll SE, et al : Five essential elements of immediate and mid-term mass trauma intervention : empirical evidence.Psychiatry 70 : 283―315, 2007.
  4. Inter-Agency Standing Committee : IASC Guidelines on Mental Health and Psychosocial Support in Emergency Settings, IASC, Geneva, 2007.
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