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肺血栓塞栓症:「防ぎ得た死」を防止するための深部静脈血栓症対策

肺血栓塞栓症:「防ぎ得た死」を防止するための深部静脈血栓症対策

田中 純太

Key words: 肺血栓塞栓症,深部静脈血栓症,静脈血栓塞栓症,地震災害,震災関連死

はじめに

 世界中を震撼させた東日本大震災では,19,000名を超えた犠牲者の90%超が巨大津波により亡くなったと考えられている.しかし,発災後に避難先や仮設住宅等で亡くなった震災関連死も,判明しているだけで10都県の1,632名に上っており,その原因については,復興庁を中心に調査が進められている.
 震災関連死の原因として肺血栓塞栓症(Pulmonary thromboembolism:PTE)が初めてクローズアップされたのは,平成16年新潟県中越地震(中越地震)である.新潟県の発表によれば,中越地震における圧死は16名であったが,震災関連死は52名に上っている.また,諸報告から少なくとも11名がPTEを発症しているが,そのうち4名が亡くなったことが判明している1,2).結局,震災現場や避難所等には,PTEの基礎疾患である下肢深部静脈血栓症(Deep vein thrombosis:DVT)を有する避難者が多いことが次々と判明し,PTE,DVTを含めた静脈血栓塞栓症(Venousthromboembolism:VTE)は,震災時に「エコノミークラス症候群」として広く報道された.
 その後,平成19年能登半島地震,平成19年新潟県中越沖地震や平成20年岩手・宮城内陸地震においても,避難所や仮設住宅等での下肢静脈エコー検査が実施された.そして,いずれの場合も中越地震同様にDVTが報告され,震災における避難生活では,一般に高頻度にDVTが発生し,PTEの原因になりうることが明らかになった.
 本稿では,震災に関連したPTEやその背景にあるDVTの成因の特徴を整理し,VTEとして震災現場や避難所での対応が求められる,診断や予防を中心に概説する.

成因

 災害はDVTの危険因子であり(表1),その背景となりうる病態は多様である.
 Virchowは,静脈血流を阻害する易血栓性の原因は,血流のうっ滞,静脈壁損傷と血液凝固亢進の三要素であるとしている3).長時間の坐位,蹲踞等の下肢屈曲姿勢や運動不足は血流のうっ滞を生じやすく,古くはロンドン大空襲における防空壕,航空機・自動車旅行や観劇に始まり,テレビ鑑賞,氷上魚釣りや排便でもPTEの発症が報告されている1).また,こうした血流のうっ滞では,静脈の過度な伸展で内皮障害も生じやすく,特に震災時には,抗不安薬や睡眠薬の使用による下肢筋弛緩4)や打撲等による下肢外傷5)が,これら諸病理に加担することが懸念されている.なお,血液凝固亢進についても,震災時特有の事象として,飲料水の不足や飲み控え,避難所におけるトイレ問題(少ない,汚ない,段差がある)による水分摂取行動の抑制6),さらにはストレスによる交感神経優位状態から血液粘稠・凝固が促進していると考えられている.

表1

診断

 震災時PTE診断は,そのインフラ環境から診断手段が限られ,確定することが難しい.
 平時の院内や救急病院ならば,国内のPTEDVT指針8)に従い,PTEのWellsスコア等(表2)により,D―ダイマー,造影CTや静脈造影も実施できるが,震災現場や避難所では限られた情報で診断するしかない.

表2

 最近示されたDVTの診断指針9)に照らした場合には,DVTのWellsスコア(表3)により臨床的可能性を評価し10),大腿静脈近位部圧迫法(あるいは全下肢静脈)エコー検査を実施するのが現実的な対応と考えられる.しかし,日本人のPTE剖検例では,PTEの責任DVTの起点となる器質化した一次血栓のほとんどがひらめ静脈に存在するとの報告があり11),中越地震以後の下肢エコー検査による諸検討と合わせて,震災時のDVTPTEの診断・治療指針も示されている12).この場合,ひらめ静脈に着目し,坐位で実施できる下腿静脈エコー検査でスクリーニングを行うため,仰臥位にて大腿静脈近位部に対してエコー検査を行うよりも簡便で,震災現場や避難所での適用には馴染みやすい.ちなみに,本指針では,ひらめ静脈に血栓や8mm以上の拡張がなければ予防対策のみで良いが,臨床的可能性が高い場合やひらめ静脈に血栓や拡張がある場合は,適切な経過観察や治療を要するとしている(図).

表3

図

治療・予防

 震災現場や避難所では,その環境から実施できるPTE治療も限られる.したがって,「防ぎ得た死」としてPTEに対応するには,前項に述べた診断を迅速に治療へ繋げる必要がある.そのためには,急性期医療救護体制や後方医療支援体制の確立が重要であるが,その一方で,医療従事者自身が震災時に発生するDVTやPTEなどのVTEに適切に対応できる知識と技量を持つことが必要不可欠である.
 しかし,「防ぎ得た死」の観点でより重要なのは,PTEの予防である.震災現場や避難所での抗血栓薬処方は,ワルファリンはPT測定ができず,エノキサパリン,ダビガトランやエドキサバンは保険適用がなく,アスピリンもエビデンスに乏しいなど問題が多い.また,DVTを有するケースにフォンダパリヌクスを使用するとしても,連日の皮下投与が必要である.ダビガトランやエドキサバンは経口薬で凝固系検査が不要であり,将来使用できる可能性はあるが,少なくとも現状では,それぞれの出血リスクを考えれば,検査や継続的観察が難しい震災現場や避難所では現実的対応とはいえない13)
 一方,医療現場のVTE予防で推奨される弾性ストッキングは,被災者に加え救護者にも有用とされる14).ことに,被災者がVTE既往,血栓性素因や下肢麻痺・固定を有する場合のほか,高齢者や不活発(じっと座っているか寝ている)者においては,比較的リスクが高いと考えて弾性ストッキングの着用を考慮すべきである.また,中越地震の際には,特にリスクの高い車中泊者に対する着用指針が示された(表4).
 PTEの予防対策で,今後より重要になるのは,震災現場や避難所等における環境の改善や慢性期にわたる包括的対策を図ることで,DVT自体の発生を予防することである.具体的には,避難所のトイレ環境15),居住・就寝環境14)やストレス対策16),さらには在宅・仮設住宅生活者も含めた保健指導など,震災時相や職域を越えた対策が考えられる17).そのためには,災害医療コーディネートチームに行政担当者や被災地医師はもちろん,保健師も加えることがシステム上重要である.また,震災の時相に合わせたトイレ環境の整備,簡易ベッドの導入等においては,企業と協力し適切な製品の開発も欠かせない.
 特に,トイレ対策については,時間軸に応じた段階的対応が必要である.震災発災時は,ほとんどの被災者が5時間以内にトイレに行きたくなる.したがって,発災急性期には,備蓄した携帯トイレや簡易トイレを活用する.その後は,イベント・工事で使用するワンボックストイレ,マンホール・下水道設置型の組立トイレや車載トイレなどの仮設トイレで対応するが,併せて,段差の問題や管理・清掃などのソフト面での対策を講じることが重要である15)
 また,居住・就寝環境については,十分なエリアを確保することが重要である.車中泊であっても,ミニバンにおける避難者では,避難所に比してDVTの頻度が少なかった.ミニバンの場合,下肢を下垂し屈曲させることなく休むことができることが影響していると考えられる1,5).海外では,災害時簡易ベッドが普及しており,我が国でも積極的に導入し,被災者一人一人がゆったりと休むことのできるスペースを確保することが重要との見解がある14)
 さらに,ストレス対策や仮設住宅環境の整備には,行政担当者,被災地医師や保健師の協力が欠かせない16,17).これらの対策は,震災時相の急性期,亜急性期から慢性期,さらには復興期にいたるまでの連続した対応が求められる.不活発状態の回避,DVT保有者に対する長期フォローアップも検討する必要があり,職域を越えた対策が必要である.
 以上のように,避難所,仮設住宅や宿所環境の整備を包括的に進めることで,震災時DVTの発生を減らし,より効果的に「防ぎ得た死」としてのPTE予防が期待できよう.

表4

予後

 震災で発生したDVTは長期に残存し,結果として,PTEや脳梗塞等の発症リスクが続くため,注意を要する.
 震災急性期には,避難所被災者一般で6.3~15.5%,車中泊,下肢外傷や不活発等の特にDVTリスクの高い被災者では13.4~42.1%にDVTを認めている5).一方,中越地震ではPTEを避難所被災者の約0.01%に認め,多くは発災1カ月以内,その半数以上は1週以内に発症し,13超が死亡している18).DVTの頻度は,発災後概ね経時的に減少するが,中越地震から5年が経過してもDVTは存在し,DVT保有者の37.5%には血栓後症候群と考えられる症状が伴い,脳梗塞が6.7%に発症したことも示されている14).ちなみに,DVTに伴う血栓後症候群は,静脈圧亢進による慢性的な症候性静脈還流障害で,患肢の膨満感,重圧感や疼痛等の症状を呈し,また,脳梗塞は,主に卵円孔開存下に肺高血圧等での右心系圧上昇により奇異性塞栓症を来して発症すると考えられている.
 致死的経過を辿ったDVTやPTEでは,その多くで反復性の経過が推測されていることからも19),被災地のDVT保有者に対しては,前項のように長期フォローアップを考慮することが肝要である.

おわりに

 震災関連のVTE,ことにDVTを背景に発症するPTEにつき概説した.
 災害医療の現場では,「防ぎ得た死」を最小限にすることが求められる.その観点ではPTE予防に繋がる積極的なDVT予防を講じる必要があり,そのためには,災害時相,職域を越えた包括的対応こそが重要であることを,この際強調しておきたい.

著者のCOI(conflictsofinterest)開示:本論文発表内容に関連して特に申告なし

文献
1)田中純太,他:新潟県中越地震における深部静脈血栓症. 綜合臨牀 55(7): 1813―1816, 2006.
2)榛沢和彦:新潟県中越地震時における急性肺・静脈血栓 塞栓症.心臓 39(2): 104―109, 2007.
3)Esmon CT : Basic mechanisms and pathogenesis of venous thrombosis. Blood Rev 23(5): 225―229, 2009.
4)Malone PC : Air travel and risk of venous thromboembolism. BMJ 322(7295): 1183―1184, 2001.
5)榛沢和彦:東日本大震災後における深部静脈血栓症 (DVT)と問題点:新潟県中越地震の教訓を生かすには. 医療の質・安全学会誌 6(2): 248―251, 2011.
6)高田洋介,甲斐達朗:2.災害とは:B.災害の種類とそ の疾病構造,災害看護:心得ておきたい基本的な知識. 小原真理子,酒井明子監.南山堂,東京,2007, 43―61.
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9)Bates SM, et al : Diagnosis of DVT : Antithrombotic therapy and prevention of thrombosis, 9th ed : American college of chest physicians evidence-based clinical practice guidelines. Chest 141(2 Suppl): e351S―418S, 2012.
10)Wells PS, et al : Does this patient have deep vein thrombosis? JAMA 295(2): 199―207, 2006.
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16)奥田博子:自然災害時における保健師の役割.保健医療 科学 57(3): 213―219, 2008.
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18)Watanabe H, et al : Impact of earthquake on risk for pulmonary embolism. Int J Cardiol 129(1): 152―154, 2008.
19)呂 彩子,他:院外発症の肺動脈血栓塞栓症による突然 死 51 例の病理形態学的検討.脈管学 43(10): 627―632, 2003.

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