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災害時に多発する「生活不活発病」:その予防と回復における内科医の役割

災害時に多発する「生活不活発病」:その予防と回復における内科医の役割

大川 弥生(国立研究開発法人産業技術総合研究所ロボットイノベーション研究センター)

〔日内会誌 106:857~864,2017〕

Key words 生活不活発病,防ぎうる生活機能低下,特別な配慮が必要な人,ICF(国際生活機能分類),災害

はじめに

 災害時に生活不活発病(廃用症候群)が多発することは新潟県中越地震(2004年)以来知られており,その重要性は行政的にも認識され,厚生労働省から災害時に「生活不活発病予防」に関する注意喚起がポスターやチラシによってなされるようになっている.また,中央防災会議専門調査会の報告書1)(2012年)でもこれが重視されている.
 ただ現実には,生活不活発病に関する認識・対策は,一般国民にも専門家にも,また,地域行政においても不十分であり,東日本大震災においても多発し,その後の平成24年九州北部豪雨(大分県,2012年),平成28年熊本地震(2016年)でも発生が確認されている. 内科医は,災害直後だけでなく,復興の過程においても生活不活発病を起こした(あるいは起こす可能性の高い)人々と接触することが多く,直接の指導を通じて,あるいは行政への助言などを通じて,生活不活発病の予防と回復のうえで大きな役割を果たすことができる.
 ここで最初に強調したいことは,実はこの生活不活発病をめぐる課題は,災害時だけのものではなく,むしろ高齢化が進む平常時においてこその大きな課題であるということである.この平常時からの認識・対策が不十分であることが,災害時に生活不活発病の多発を生じている最大の原因であるといってよい.この問題意識を最初に提示しておきたい.
 本稿では,この問題と,それに関連する「生活機能」,「特別な配慮が必要な人」について述べたい.

1.災害時の「防ぎうる生活機能低下」

1)「 防ぎうる死亡」に加え,「防ぎうる生活機能低下」

 阪神・淡路大震災(1995年)の後に,災害医療において「防ぎうる死亡」(preventable death)の予防の重要性が強調され,その後の種々の災害時にその方向の努力が重ねられ,成果をあげ
てきている.
 それに加え,今後の災害医療の新しい課題として重視すべきものに,「防ぎうる生活機能低下」(preventable disability)の予防がある.これは医療だけでなく,災害時支援一般において,疾病・外傷面だけでなく,生活機能(functioning ※後述)の低下予防に向けた支援が求められている.これについては東日本大震災発生前から議論が開始され,その議論途中で発生した東日本大震災での経験・教訓をも踏まえてまとめられた中央防災会議「地方都市等における地震防災のあり方に関する専門調査会」の報告書1) (2012年3月)に示されている.

2) 災害時の「防ぎうる生活機能低下」の同時多発

 災害に伴って,生活機能の著しい低下が同時多発することが確認されたのは,新潟県中越地震(2004年)のときである.それ以来,その予防・回復への努力が続けられてきたが,それがまだ微力なうちに,東日本大震災を迎え,残念にもこれまでにない広範囲・大規模な生活機能低下の発生を許してしまった.その後の災害においても,発生は当然予測されたところであり,早期の対策,そしてそれを実行できる体制の整備は依然として差し迫った課題である.

3)災害時の生活不活発病多発

 筆者は新潟県中越地震(2004年)の発生直後から現地に入り,問題の把握と支援に努めた.そして,6 カ月後に長岡市の協力を得て,国際生活機能分類(International Classification of Functioning, Disability and Health:ICF ※後述)に基づく生活機能調査を避難勧告地域の65歳以上の高齢者について行った(回答率86.4%).
 その結果, 非要介護認定高齢者1,626人の30.5%に地震後,歩行困難などの生活機能低下が出現し,6カ月後にもその3分の1強(全体の11.0%)が回復していなかった.その原因としては,「生活不活発病」が最も影響していることがロジスティック回帰分析により判明した.
 その後,平成18 年豪雪(富山県,2006 年),能登半島地震(2007年),高波(富山県,2008年)などの各種の災害時にも同様に生活機能低下の同時多発を確認している.

4)東日本大震災での調査結果

 東日本大震災でも,筆者は宮城県,岩手県,その他の自治体,仙台市医師会などと協力し,生活機能低下予防・改善を中心に早期から活動を開始し,現在も継続中である.その中で,震災後の生活機能のICFに基づく実態把握を数個の自治体などで行ってきた.

(1) 早期からの発生と避難所・仮設住宅以外での発生

 具体的には,発災1 カ月後に仙台市の避難所で,そして2 カ月後に宮城県南三陸町で,生活不活発病による生活機能低下の発生を確認した.
 その後,7 カ月目に南三陸町で全町民の生活機能の実態把握を行い(回答者12,652名,回収率83.9%,高齢者では90.1%),その結果は,非要介護認定高齢者3,331人の4分の1 近く(23.9%)で歩行困難が出現し,回復しないままであった.歩行以外にも,種々の「活動」「参加」(ICFによる ※後述)を含む生活機能全体の低下がみられた.さらに,要介護認定者や障害者(身体,知的,精神障害,「谷間の障害」を
含む)など,震災前から生活機能低下があった人々ではよりいっそうの低下がみられた.
 これは南三陸町だけでなく,岩手県や福島県の被災自治体における調査でも同様であった.

(2) 生活不活発病の原因としての「することがない」

 このような歩行などの「活動」の低下の原因として,生活不活発病が最も大きいことは従来と同様であった.「生活が不活発になった」理由として最も多いのは,「家の外ですることがなくなった」こと,次いで「家の中ですることがなくなった」こと(仮設住宅生活者に多い),そして「外出の機会が減った」ことであった.この「外出が減った」ことのきっかけで最も多いのは,「外出する目的がない」ことであり,これは
実は1 番目の「家の外ですることがない」とほぼ同じことである.

(3)長期にわたる低下

 南三陸町では,その後も65歳以上の全町民について1 年ごとの生活機能の実態把握を行っているが,低下者の比率はほぼ毎年むしろ増加し,発災1 年7 カ月後には,非要介護認定高齢者の29.2%(回収率:97.4%)で歩行困難が回復しないままであり,発災7 カ月後の時点よりもさらに増加していた.そして,2年7カ月後は34.0%(回収率92.9%),3 年7 カ月後は32.2%(回収率96.2%)で,4年7カ月後は37.9%(回収率93.4%)であった.
 なお,この原因としては生活不活発病が最も影響しており,「することがない」ことが最大の理由であることは同様であった.ただし,「することがない」ことを生む理由は災害からの復興の過程の中で変化している.

2.生活機能:ICF(国際生活機能分類,WHO)

 「災害時の生活機能低下」の「生活機能」とは,ICF(WHO(World Health Organization)国際生活機能分類,2001 年)の基本概念である.また,災害時の生活不活発病の発生プロセスの理解においても,また,その予防・改善のためにも,ICFの生活機能モデル(図1)の観点が有効である.
 そのため,ここでICFについて簡単に述べたい.詳しくは文献2~5)をご参照いただきたい.なお,ICFは医師国家試験にもすでに複数回出題される基本的な内容となっている.

1)「健康」の重要な構成部分としての「生活機能」

 ICFは2001年5月の世界保健機関(WHO)総会で承認された比較的新しい国際分類であるが,WHOは100年以上の歴史をもつ国際疾病分類(International Classification of Diseases:ICD)と並んでこれを重視しており,この2 つを常に併用することを推奨している.
 これは,WHO憲章(1948 年)の健康の定義「健康とは単に疾患・病弱がないことだけではなく,身体的・精神的・社会的なウェルビーイングの状態にあること」に対応する,新しい健康観の表れと考えることができる.
 図1にICFの「生活機能モデル」を示した.生活機能(functioning)とは,この図の中央の高さに位置する「参加」(社会レベル),「活動」(個人レベル),「心身機能・構造」(生物レベル),の三者を含む「包括概念」である.
 なお,生活機能の各レベルに問題・困難・低下が生じた状態が,それぞれ「参加制約」「活動制限」「機能障害(構造障害を含む)」であり,その三者の包括概念がdisability(障害あるいは生活機能低下)である.

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2)「相互作用・統合モデル」に立つICF

 このICFの生活機能モデルの特徴は,生活機能を3つのレベルで重層的にとらえるという観点だけでなく,生活機能に様々な影響を与える要因を「健康状態」(疾患,外傷など)「環境因子」「個人因子」の3 種類に整理したこと,加えて,これらに生活機能の3 レベルを加えた全6要素が互いに影響しあうことを双方向の矢印で示した「相互作用モデル」であることにある.
 さらに,ICFにおける人の健康のとらえ方は「統合モデル」であることも大きな特徴である.これは,2つの対立する世界的な思想的潮流である「医学モデル」「社会モデル」のどちらにも偏らず,両者の不毛な対立を乗り越え,様々な新しい要素を加え,はるかに高いレベルで統合したものである.
 ICFモデルに沿って災害時の生活不活発病の原因を整理すると,災害や災害時の様々な支援は各々,物的環境,人的環境という「環境因子」である.そして,これらにより「参加」低下を生じて「活動」の機会が減少し,あらゆる「心身機能」の低下(生活不活発病)が生じるのである.すなわち「環境因子」→「参加」→「活動」→「心身機能」と影響していく.すなわち,「健康状態」に問題がなくとも,「環境因子」によって生活機能低下は生じ得るのである.

3.生活不活発病

1)生活不活発病の概念

 生活不活発病とは,文字通り「生活が不活発」なことによって生じる,あらゆる心身機能の低下である3~5)
 「動かないと体がなまる」というのは常識である.内科分野でも,脳卒中などの運動機能の障害による発生予防の必要性や,「つくられた寝たきり」の原因であること,また,介護予防の対象として重要であることは広く知られてきた.しかし,高齢者や障害者では特に運動機能の障害がなくとも日常生活の不活発化だけでも起こりやすく,常識では考えられない程度にまで達し得ることはあまり知られていない.
 学術用語としては「廃用症候群」(disuse syndrome)であり,第二次世界大戦中に「数年のうちにアメリカ医療の面貌を一新した」といわれる「早期離床・早期歩行」(early ambulation)の運動(「安静の害」を指摘)に始まり,宇宙医学(無重力状態の害を強調)にまで至るものである.

2)「生活不活発病」という名称

 「廃用症候群」という名称は,①「廃」という字が「廃人」「廃業」「廃棄物」などを連想させて不愉快である,②概念規定の問題として,「廃用」,すなわち,ある機能を「全く用いない」ことだけが問題なのではなく,「使い方が足りない」だけで起こるものであることを正確に示さず,誤解を招いている,などの理由から,あまり適切ではない.
 その点「生活不活発病」は,不快な響きがないだけでなく,原因についても,予防・改善についても「日々の“生活”のありかた(活発さ)が重要」という,最も基本的な特徴をわかりやすく患者などの当事者に示すことができるという点で,より適切な用語と考えられ,行政的にも使われるようになっている.
 この「生活」という基本的特徴に留意することで,生活不活発病の予防・改善の対象が実はとても多く,また,内科医として具体的対策の指導を効果的に行えることが多いこともご理解いただけるのではあるまいか.

3) 発症直後からの関与の必要性:生活不活発病チェックリスト

 高齢者・障害者には災害前からすでに生活機能低下を生じている人が多く,また,災害後には健常者よりもこれを生じやすい.特に避難所生活では,「することもなく」「動きたくても動けない」環境がこれを促進する.
 生活不活発病の早期発見・早期対応のために,我々は「生活不活発病チェックリスト」6)(図2)を開発・使用しており,東日本大震災でもその有用性が立証されている.本チェックリストは,問題発見のためだけでなく,発見された低下した項目への早期対応にも役立つものであり,それが本来の目的である.なお,生活不活発病は個々の心身機能の低下が出現する前に,様々な心身機能の低下の総和としての「活動」(生活行為)の不自由さが生じるので,その不自由さと生活の活発さの程度をチェックリストの項目にしている.

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4) 災害時の生活不活発病を起こす諸因子とそれら因子間の相互作用

 生活不活発病は予防でき,早期発見・早期対応すれば回復が可能である.そのためには原因を知ることが必要である.様々な災害や東日本大震災での長期にわたる災害時の生活機能調査をもとに整理したものが図3 である.
 災害時には,生活が不活発になる理由が多数あり,大きくは次の3つの要素が互いに関係しあっている.

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(1)「することがない」ので「動かない」

 仕事や家事,趣味,地域での付き合いがなくなったり,その内容が大きく変化することによって,「すること」がなくなったり,減少したりすることが最も大きな生活不活発化の理由である.さらに,ボランティアを含む善意の支援者が「やってあげるのがよいことだ」と思い,「上げ膳据え膳」で,本人のやれること,やりたいことまでやってあげてしまうことの悪影響も少なくない.

(2)環境の悪化

 環境は3種類に分けられる.まず「物的環境」で,周囲の道が危なくて歩けない,避難所の中で通路が確保されていないため歩きにくい,つかまるものがないので立ち上がりにくい,椅子が少なく,床上の座位は疲れるので日中つい横になってしまう,仮設住宅内が狭い,などである.
 また,「人的環境」の影響も大きく,コミュニティから離れてしまったために外に出なくなる.また,前述したような「誤った」支援の仕方の問題もある.
 この他に「制度的・政策的環境」があり,これは物的環境と人的環境の両方に影響する.

(3)「遠慮」

 例えば「災害時に散歩やスポーツをするなんて」と周りの人に思われるのではないかと控えてしまうことがよくみられる.これも「することがない」状態をつくる要素となる.

5) 予防・改善は「生活の活発化」で:「参加」の重視

 生活不活発病の予防・改善のポイントは,「生活を活発化する」ことである.「充実した生活を送ることで,自然と心身機能を使う」ことが基本であり,特別の訓練や運動が必要なのではない.
 最も効果的な対応は,「参加」を充実させることで「活動」を行う機会が増え,その結果として「心身機能」を使うことを増やすことである.これは生活機能の3つのレベル(図1)でいえば,「参加」→「活動」→「心身機能」という「右から左へ」の影響を重視した対策が重要だということである.
 ただ「左から右へ」の伝統的な考え方の「呪縛」は非常に強いので,つい「心身機能」への対応,つまり,体操や筋力トレーニングが基本だと考えがちである.しかし,これらは,運動密度は高くても短時間にとどまるので,1 日の「活動」の総量を上げるのには十分とはいえず,効果は薄い.生活不活発病では心身のあらゆる機能が低下するのであるから,そのうちの一部の機能(筋力など)だけに働きかけただけでは効果が乏しいのである.そうではなく,生活全体を自然に活発化させるような,活発な社会参加や家事への従事が効果的なのである.
 ここに医学モデルでなく,統合モデルとしてのICFモデルで病態や対策を考える利点があるといえる.

6)予防・改善の「目的」と「手段」が同一

 生活不活発病を予防・改善する目的は,生きがいのある充実した人生を送るという,「参加」レベルの向上である.この向上の“目的”が“手段”でもあることは生活不活発病の重要な点である.

7)不自由になった生活行為は改善を

 なお,生活不活発病によって「活動」(生活行為)の不自由さが出てきた場合は,心身機能が改善しなくとも,直接生活行為自体にアプローチすること(ADL(activities of daily living)訓練など)をまず行うことが基本といえる.改善へのアプローチをすることなく,不自由な生活行為に対して介護サービスを利用すればよいとする「補完主義」になることは避けなければならない.詳しくは拙著3~5)を参照いただきたい.

4.「特別な配慮が必要な人」

 災害時支援においては,関与する様々な人々が,支援の対象者と支援内容について共通の認識をもつ必要がある.これは,これまでの「災害時要援護者」が規定するところよりもはるかに広い範囲の人を含み,その対策(配慮・支援)の内容も,福祉避難所を中心とした従来の「要援護者」対策よりも広範囲のものにする必要がある.
 その点で中央防災会議「地方都市等における地震防災のあり方に関する専門調査会」の報告書6)(2012年3月)で示された「特別な配慮が必要な人」の概念が重要であり,今後の共通認識となることが望まれる.
 その内容は筆者が従来提案してきたもの(表)と同じであり,大きく「A.健康状態」と「B.生活機能」との両面から整理されている.そして,「配慮すべき内容」と関連づけて「配慮すべき人」を明らかにし,また,「予防」の観点からの配慮が必要なことを重視していることは「要援護者」の場合と大きく異なる点である.

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おわりに:内科医の役割は重要

 内科医は災害時だけでなく,平常時の医療の中で,直接,患者・家族への指導を通じて,あるいは行政への助言などを通じて,生活不活発病の予防と回復(とそれを通しての生活機能低下予防・向上)のうえで大きな役割を果たすことができる.
 実は生活不活発病の対策は,平常時においても,患者・生活機能低下者(高齢者,障害児・者など)の診療・相談のあらゆる場面で,日常的に行われるべきことである.平常時での十分な認識・対応がなされる状態にならない限り,災害時の生活不活発病対策,防ぎうる生活機能低下予防の対策は十分には実現できないとすら考えたい.
 今後,生活不活発病への関心と理解が高まり,災害時にも平常時にも内科医がいっそう大きな役割を果たすことを期待したい.

著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容に関連して特に申告なし

文献
  1. 中央防災会議 地方都市等における地震防災のあり方に関する専門調査会:地方都市等における地震防災のあり方に関する専門調査会 報告.平成24年3月.
  2. 大川弥生:生活機能とは何か ICF:国際生活機能分類の理解と活用.東京大学出版会,2007.
  3. 大川弥生:「よくする介護」を実践するためのICFの理解と活用―目標指向的介護に立って.中央法規出版,2009.
  4. 大川弥生:新しいリハビリテーション;人間「復権」への挑戦.講談社,2004.
  5. 大川弥生:「動かない」と人は病む―生活不活発病とは何か.講談社,2013.
  6. 障害保健福祉研究情報システム:災害時の高齢者・障害のある方への支援.http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/bf/saigaiji_shien.html
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