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アクションカード病院・診療所編

アクションカード病院・診療所編

阿南 英明(藤沢市民病院救命救急センター)

〔日内会誌 105:2063~2066,2016〕

Key words DMAT,EMIS(広域災害救急医療情報システム),BCP,災害医療対策会議

はじめに

 病院や診療所で勤務する医師として,地震などの大規模災害に遭遇した際の行動指針を示す.発災急性期にすぐに実施すべき事項と,亜急性期・慢性期に行うべき事項,また,静穏期と呼ばれる災害発生がない日常に準備すべき事項がある.しかし,種々の状況,条件によって行動するべき事項が変わり,時相ごとに経時的に進行するわけではない.よって,本稿では時相に関係なく,必要な行動項目を概説する.

1.発災直後の行動指針

 災害時の医療対応に関する基本指針である,CSCAとしてまとめられた行動規範に則って概説する.

C:command and control 指揮命令系統確立

 日常の診療部や看護部,薬局,臨床検査部門などの組織とは異なる体制が必要になることがある.病院の災害対応マニュアルに従って,災害対策本部を立ち上げ,本部運営と各部門間の組織体制を構築する.休日や夜間の災害発生に備えて,本部長のほか各部門の責任者やリーダーの代行者をあらかじめ決めておくことが重要である.

S:safety 安全確保

 職員や患者の安全確認,所在確認を行う.病院では,入院患者の手術や検査出棟中に災害が発生すると,所在・安否確認は困難になる.診療に関わる建物の倒壊の危険性を確認し,危険がある場合には別の建物や屋外への避難を実施する必要がある.その他,沿岸部の施設では津波,急峻な山林や崖の近傍施設では土砂崩れ,原子力関連施設付近の施設(30 km圏内など)では放射線事故,といった災害発生の確認と必要
時の緊急避難が検討されるべきである.

C:communication 情報共有

 各部門の患者や職員の安否および被災情報を収集し,施設内の状況把握に努めることが重要である.そのために院内および院外との通信手段の確保を実施する.様々な発災状況により,個別の通信が途絶することがあるので,可能な限り,平時から複数の通信手段を準備することが望まれる.以下に示す通信手段が考えられるが,無線や衛星電話など特殊な使用手順が求められるものがあるので,訓練を実施しておくことが重要である.自施設の安否状況や支援の要否をインターネット回線によって共有するEMIS(Emergency Medical Information System,広域災害救急医療情報システム)の活用は不可欠であり,後述する.
 通信手段:院内PHS,固定電話,トランシーバー,インターネット,携帯電話,衛星携帯電話,防災無線,MCA無線.

A:Assessment 評価

 職員の安否や施設の安全確認,医療機器の使用可否などの情報から,施設の診療が継続可能か否かを判断する.施設の建物自体の損傷がなくても,水,電気および酸素などの医療ガス(ライフライン)が途絶すると,医療施設は機能破綻する.また,入院患者および職員への食糧提供の可否や薬剤供給体制の確認が重要である.もし,非常電源によって電気供給が可能であるとしても,燃料備蓄状況から何日間稼働できるのか確認すべきである.特に透析施設では,大量の水供給の可否は診療継続にとって重大な要素である.建物の倒壊に限らず,ライフラインや薬剤供給の途絶は医療施設の機能破綻を意味するため,外部からの支援の要請や入院患者を他院へ移動させる病院避難を判断することになる.

2.自院の診療継続性の判断と行動

 前述の評価による自施設の診療継続の可否を決定することによって,その後の準備や行動が異なる.

1)診療継続が可能である場合

 院外で発生した負傷者や日常使用している薬剤を喪失した患者が多数受診する可能性を想定し,患者受け入れの準備をする.トリアージ,診療などのエリア設定や役割分担を実施し,多数の患者が来院した際に対応できる体制を構築する.在宅酸素療法(home oxygen therapy:HOT)患者は停電や資材供給の途絶によって酸素供給が困難になり,受診することも想定される.必要に応じてHOTセンターの設置も考慮する1,2)
 可能ならば,軽症患者の退院を促し,入院継続患者のベッド移動を実施して入院病床を確保する.特に重症患者受け入れのためにICU病床確保も早期に実施する.ストレッチャー,医薬品,酸素ボンベなど医療資機材確保に努め,流通状況を見極めながら,医薬品と資機材発注を早期に実施する.

2)診療継続が不可能である場合

 無床施設の場合は外来患者の継続診療に関する情報を他院へ提供する準備をする.有床施設は入院患者を診療継続の可能な施設へ移動させる準備をする.患者の診療情報を記入,または印刷して患者の身体へテープなどで固定するなど,確実に情報が伝わる工夫が必要である.搬送手段の確保,受け入れ施設の確保などの調整は容易でなく,行政やDMAT(Disaster Medical Assistance Team)などと連携して安全に患者を移動させる体制を構築する3)

3.施設状況の外部連絡

 迅速に病院の状況をEMISに入力して支援の必要性を外部に伝えることが重要である.このシステムへの入力により,前述の病院避難などの支援体制も構築される.現在,厚生労働省により,全ての医療機関がEMISへ加入することが推奨されている.入力項目として,建物の倒壊の危険性,ライフライン情報,入院患者の重症・中等症者数および転院必要患者数などがあり,DMAT やJMAT(Japan Medical Association Team),日赤救護班などによる医療機関支援の是非の判断基準として非常に重要である.EMISへの入力がない場合には適切な医療機関への支援は困難であるといっても過言ではない3).EMISへの入力アクセスはあらかじめ都道府県から賦与されるID,パスワードが必要である.
 各都道府県には災害医療対策会議が構築され,災害医療コーディネーターを中心とした関係機関,団体メンバーにより災害時医療対応指針が検討されている.同様に二次医療圏や市町村域ごとに地域災害医療対策会議が設置され,参加する災害拠点病院,保健所,郡市医師会など各団体・組織が連携して地域医療の復興に大きな役割を果たすことになる.発災後早期にこの会議参加団体間で連絡をとり,地域として統一された医療対応を実施できるように連絡体制を構築しておく必要がある.このような連携を発災後早期に稼働させるためには,平時から定期的に医療情報収集や対応の検討を実施しておかねばならない2)

4.発災後の診療継続のための連携

 前述したように,地域の医療機関,医師会,薬剤師会,保健所から構成される地域災害医療対策会議などの連絡会議を開催して,定期的に情報共有と当面の医療方針を決定することが必要である.例えば,以下に示す事項に関する情報共有や調整は欠かせない.
 ①大規模災害発生直後には通常の保険診療は行われず,善意を基盤とした無償医療行為が実施されることが多い.しかし,地域の復興状況によって保険診療再開の是非や時期を検討する必要がある.同一地域内で保険診療と非保険診療を行う機関が混在する状況は避けるべきである.
 ②被災地での診療は,地元医療機関と支援医療チームが混在して行われる時期がある.通常の流通によって入手した医薬品は保険診療など有償供与が可能であるが,様々な医療チームが持参した医薬品や被災地外から送られた支援薬剤は無償提供しなくてはならないので,明確に区別して使用する体制を構築しなくてはならない.
 ③医薬品・資器材の保有や臨床検査・画像検査などの可否に,同一地域内の医療機関で偏りが出ることがある.過不足に関する情報,供給体制の回復に関する情報を地域で共有することは重要である.地域内で情報を共有することにより,薬剤の長期処方の是非を判断し,近隣医療機関同士で検査などの機能を相互協力することが可能になる.医薬分業が浸透した現代において,院外薬局の稼働状況に関する情報も非常
に重要である.

5.外来・入院患者対応

1)慢性疾患の患者対応

 外来通院している慢性疾患患者は,入院患者以上に地域に大勢居住している.災害発生時に患者が処方されている薬をもたずに自宅から避難することは容易に想像できる.このような患者へ薬剤処方を継続することは,病態悪化を防ぎ,地域の医療負担が増大しないために非常に重要な事項である.院内処方体制,医薬品流通体制を確保することが急務である.しかし,多くの場合,十分な医薬品流通は望めず,短期処方を反復せざるを得ない状況も生じる.

2)継続診療の途絶が危険な病態の抽出

 薬剤供給,その他医療の継続的な提供が途絶すると,短期間に様態が悪化し,生命の危機に瀕する病態や疾患がある.このような病態の患者を早期に抽出し,優先的に対応する必要がある2)

  •  HOT:停電や機器の供給停止に対する対策が必要.
  •  インスリン治療中の糖尿病:特に1 型糖尿病では少量でも継続使用できる環境が必要.
  •  抗血小板薬,抗凝固薬:短時間作用型の抗凝固薬が使用され始めているので注意.
  •  向精神薬:災害発生のストレスや不特定多数が集まる避難所生活の環境変化は悪化要因.
  •  気管支喘息治療薬:災害発生のストレスや避難所での生活など環境悪化は発作を誘発.
  •  慢性腎不全の透析:日本透析医会主導でネットワーク化が図られ,遠隔地での実施継続.

6.平時の確認と行動

 BCP(business continuity plan)の概念に基づいて,災害時といえども可能な限り診療を継続できるように事前の対応策を講じておく必要がある.少なくとも一時的に低下した診療機能を順次回復させるための計画を構築しておかなければならない.例えば,非常電源の想定使用電気量を平時に近い容量に設定することや,施設や機器の耐震性を高めることは必要である.また,電子カルテが起動しない場合の代用カルテや検査オーダーの運用規則を事前に決め,発災時にマニュアルに基づく行動をとる準備が求められる.
 災害が発生した直後から,前述した事項に関する行動を迅速に実施するためには,普段から準備しておくことが欠かせない.その他,下記に示す項目をチェックリスト化して確認しておくことが望まれる.

  • 災害対策本部設置,指揮体制,各部門連絡体制に関するマニュアル整備がなされているか.
  • EMIS入力体制は整備されているか.
  • 外部との連絡体制は確立されているか:防災無線,衛星携帯電話 など.
  • 患者の病院避難体制を検討したか.
  • 地域災害医療対策会議の開催と連絡先を確認したか.
  • 日常食,水,医薬品,診療材料,燃料の増量や見直しをしたか.
  • 薬剤供給体制の確認をしたか.
  • 治療・投薬中断が危険な病態の抽出および患者リストの作成をしたか.

おわりに

 なんら準備のない状況で大規模災害が発生したときに適切な行動をとることは非常に難しい.事前の準備が前提での行動指針であるととらえるべきである.地域住民にとって医療機関は頼るべき施設の代表である.災害時といえども,適切な診療を継続できる体制の構築を責任をもって行う医療者として,本号巻頭のアクションカードを活用していただけることを願う.

著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容に関連して特に申告なし

文献
  1. 小林正和,他:東日本大震災時の被災地災害拠点病院における在宅酸素療法患者対応.日集団災医会誌 17 : 15-20, 2012.
  2. 阿南英明:災害医療と内科~内科医に期待される災害時の知識と活動~.日内会誌 104 : 1189-1196, 2015.
  3. Anan H, et al : Experience from the Great East Japan Earthquake Response as the Basis for Revising the Japanese Disaster Medical Assistance Team(DMAT)Training Program.Disaster Med Public Health Prep 8 : 477-484,2014.
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