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災害時の圧挫症候群と環境性体温異常

災害時の圧挫症候群と環境性体温異常

阿南 英明

key words:筋区画症候群,地震,腎不全,津波,Rewarmingshock,脱水,低Na血症

圧挫症候群(クラッシュ症候群)

はじめに

 阪神淡路大震災で370名以上の報告がなされ「クラッシュ・シンドローム」という言葉が知れ渡るようになった.長時間重量物に挟まれていた後に救助された傷病者が,数時間経て腎不全や急性循環障害(ショック)を生じて死亡する病態である.そのため,地震や戦争といった特殊な状況下での報告がほとんどであり,長く臨床医家には馴染みの薄いものだった.しかし地震災害では3~20%発生1)しうることや高層の建物では生存救助者の40%に本症が発生することが報告2)されている.災害といえば地震が代名詞である我が国の実状を考えると,この病態を知らないでは済まされない.

病態

《本病態発症に至る3つの特徴》

①ある程度のボリュームのある筋肉(上肢よりは下肢に発症し易い)の圧迫障害
②通常4~6時間におよぶ長時間の圧迫(1時間以内の発症例もある)
③圧迫局所での循環障害

震災での事例:倒壊した建物に下半身を挟まれ約6時間後に救出された.患者の意識は清明,血圧は8060mmHgに低下している以外にバイタルサインに異常がない.挟まれていた両下肢の外観は皮膚の擦過傷と著明な腫脹と皮下出血を認め,感覚も運動も麻痺していた.足背動脈の触知は良好.血液検査ではCK(クレアチニンキナーゼ)5万IUl以上,K(カリウム)が8mEql以上の高値,著明な代謝性アシドーシス.

《発生機序》
 重量物による筋肉圧迫によって動脈,静脈環流が遮断される.この状態が長時間継続すると圧迫部位の末梢部筋細胞の細胞膜が障害され筋細胞内容物が流出する(横紋筋融解).筋肉細胞内に大量に含有するCK,ミオグロビン,Kが流出することになる.しかしこの状態では筋細胞内容物は局所に停滞しているだけである.しかし圧迫が解除されるとこれらの物質が血流に乗って全身を巡る.また血流再開によって流入した血液中の水分は血管内皮障害のため血管外へ急速に漏出して,急激に下肢の腫脹をきたすとともに全身の循環障害つまり血圧低下を生じる.こうした循環障害やミオグロビン血症は含有ヘムや鉄イオンによる近位尿細管細胞障害を生じる.障害された細胞成分が円柱を形成し尿細管閉塞をきたす3).結果的に急性腎不全を発症し高K血症に拍車をかける.これを放置すれば腎不全の進行や高K血症による心室細動など致死性不整脈の発症から死にいたる.下肢の局所では極度の腫脹によってコンパートメント症候群を併発する.

圧挫症候群

コンパートメント症候群(筋区画症候群)4)
 血腫形成や筋腫脹によって強固な筋膜,骨,骨間膜に囲まれた筋区画の内圧が上昇して筋及び神経の末梢循環が障害される病態である.早期に適切な処置(除圧)が行われないと神経麻痺や筋壊死等による重篤な四肢機能障害を生じる.下腿(特に脛骨外側前面)や前腕に生じ易い.損傷四肢の腫脹,激しい疼痛としびれなどの臨床症状で疑う必要があり,内圧を測定して30mmHgを超える場合には発症の危険性が高まる.通常動脈圧を超えないので損傷部位の末梢での動脈拍動は触知する.治療として除圧のために筋膜切開を行う.

《クラッシュシンドロームの日本語名称について》

 Crushの日本語訳は「押しつぶす」であり,筋肉の広範な挫滅障害をイメージしがちである.しかし,前述したように外力による筋肉の直接的な損傷でなく,長時間の圧迫による血流,循環障害が本症の病態である.現に外傷患者において激しい四肢の挫滅をきたしていてもCrush Syndromeをきたすことはほとんどない.日本集団災害医学会用語集ではCrush Syndromeの和訳を「挫滅症候群」ではなく「圧挫症候群」とした.これは病態を正しく表現しているといえよう.

診断

 救出まで患者は比較的元気であり,圧挫部位の表面上の外傷は派手ではないことから医療者が積極的に疑わないと診断されないので注意が必要である.

状況

 長時間四肢が圧迫されていた状況から疑う.障害される筋量は多いほど腎不全や致死性不整脈の原因となるミオグロビン尿や高K血症を生じ易くなり本症発生のリスクが高まる.よって,上肢よりも下肢の圧迫,また1肢より2肢の損傷で発症の可能性が高いと言える.

身体所見

 ①ショック,血圧低下:血管外への水分漏出によって循環血漿量が低下するが,意識やバイタルサインが正常のケースもある.
 ②損傷四肢の著明な腫脹:救出直後は圧痕や擦過傷程度で腫脹も軽度のことが多い.
 ③圧迫四肢の運動・感覚神経障害:両下肢麻痺の場合,脊髄損傷との鑑別が必要になる.脊損では肛門括約筋の弛緩や持続陰茎勃起が認められる.
 ④褐色尿(ポートワイン尿):ミオグロビン尿を反映して尿が褐色から黒色を呈する.

検査所見

 高CK血症(通常1万~数万IUl以上になる),高ミオグロビン血症,高K血症,低Ca血症,高Pi血症.
 代謝性アシドーシス:阻血によって筋細胞内に貯留した乳酸が血管内に流入して高度の乳酸アシドーシスをきたす.

治療

 ショック,急性腎不全等の病態や高K血症に対するモニタリングが必要であり,集中治療室での管理を求められることが多い.
 *先ず腎不全の進展を阻止
 ①大量輸液:循環血漿量を維持してショックの是正をするとともに腎不全の予防をする.輸液製剤としては生理食塩水や1号輸液などKを含有しないものが望ましい.適正尿量を2mlkg時(通常多くの医学的な管理目標1mlkg時の2倍に相当)以上に設定して腎不全の予防を行う.
 ②重炭酸水素ナトリウム(メイロン)の投与:K値の低下作用と尿のアルカリ化(pH6~7)による腎不全予防を行う.尿pHが6.5になるとヘム色素の溶解率を高めミオグロビンの腎毒性を低下させることができるとされる.
 *上記①②でコントロールできない腎不全や高K血症の対処
 ③血液透析:乏尿性腎不全に至った場合には救命のために必要である.アシドーシス・高K血症の是正や水分出納管理,老廃物除去に有効であることは明白である.ただし,ミオグロビン除去効果はない.
 *合併する筋区画症候群に対して
 ④筋膜切開:筋区画症候群に対して通常行われる筋膜切開であるが,圧挫症候群での施行に関しては意見の対立がある.通常,経過時間が長いため,神経や筋障害による四肢機能障害予防の目的に合致しないことや,実際に行った場合にコントロール不能の大量滲出液漏出や出血に悩まされることが理由とされる.

まとめ

 地震災害によって多数の建物倒壊を生じた場合多数の圧挫症候群患者が発生する可能性がある.せっかく現場から救出されても大量輸液,透析や集中治療といった患者管理ができないと最終的に救命できない.長時間重量物に挟まれていた傷病者が救出された時には同症候群発症を予知し早期から適切な管理を開始すること重要である.しかし集中治療や透析のためのエネルギーや大量の水確保は被災地においては困難が予想される.その場合には,躊躇せず早期に被災地外へ患者を搬送する必要がある.

文献
1)Pepe E,et al;Prehospital fluid resuscitation of the patient with major trauma. Prehosp Emerg Care 6:81―91,2002.
2)Better OS:Management of shock and acute renal failure in casualties suffering from the crush syndrome. Ren Fail 19:647―653,1997.
3)Dario G:Crush syndrome. Crit Care Med 33(1):34―41,2005.
4)JATEC日本外傷学会・日本救急医学会監修:第11章四肢外傷,外傷初期診療ガイドライン.改訂3版,へるす出版,2008,179―191.


環境性体温異常(偶発低体温症,熱中症等)

はじめに

 我々の日常では夏場の暑い時期にはクーラー,冬の寒い時期には種々の暖房器具を用いて常に快適に過ごせる生活環境が確保されている.しかし,災害時には電気,ガス,灯油といったライフラインやエネルギー源供給が途絶えるために空調設備が使用不能になり異常に暑い,または寒い環境にさらされ体調を崩す患者が発生する.

1.低温環境:偶発低体温症

【はじめに】
 災害発生によって屋外環境に長時間滞在することを強いられた場合,冬の寒冷環境にさらされることによって発症し易い基礎条件が形成される.災害時の急な避難に際して,防寒着衣を十分に用意できないことは容易に想像できる.また,電気,ガスや灯油などのエネルギー供給が途絶えることによって暖房器具を稼働させることができない.2011年3月11日東日本大震災の被災地域の中心は東北地方であり,3月はまだ冬である.震災直後に降雪もあった.こうした環境下で多くの被災者が低体温症に襲われた.
【低体温症を生じる因子】
 低体温状態をきたす様々な因子が存在するが,単独では影響が大きくはないと考えられるものでも複合的に作用することで大きく影響する可能性がある.
 ①低い気温環境:冬季は屋外に限らず屋内でも暖房器具の欠如や燃料不足による稼働制限によって寒い環境が形成される.
 ②高齢者:高齢者は自力での熱産生能力が低下するため,外気温の影響を受けやすい.
 ③体温喪失物との接触:冷たい物質に長時間接触することで体温は喪失する.例えば避難先の床面がコンクリートの場合に直接体を床面に接して臥位になるだけで急速に体温を喪失する.直接冷水に触れることは勿論であるが,一度濡れた衣類をそのまま身につけているだけでも時間経過に伴って大きな体温喪失になる.
 ④熱産生能低下:体力消耗や食事摂取不足のために十分な食事摂取が不可能な状況が長期化すると熱産生能が低下する.
【想定される状況:東日本大震災の実例】
 ①ライフラインが途絶した建物は冬季には寒冷環境に陥る.例え病院の中や家屋の中でも同様である.
 ②屋外へ避難した場合に十分な防寒具がないことがある.寒い外気にさらされることで急速に体温を喪失し,さらに十分な食事を摂れない状況で熱産生が低下することも拍車をかけて体温が低下する.
 ③避難所やコンクリートに囲まれた建物の中で床上に直接臥位になることで体温が急速に奪われる.急な避難所先として学校が指定されていることが多いが,学校の教室,体育館の床面は非常に冷たい.
 ④津波によって落命された被災者の死因として溺水に限らず長時間海水に浸かることによる偶発低体温症が考えられる.津波にのまれ奇跡的に助かったとしても,全身が水で濡れ,さらに濡れた着衣を長時間そのままにすることで体温が急速に奪われる.しかし,濡れた体を拭き取るタオルは無く,濡れた衣類を脱がせても代わりに着る衣類もない状況にさらされる.
【分類と症状】
(体温による重症度分類は様々ある.)
 低体温症の定義:深部体温が35℃未満を一般的に「低体温症」と定義する.
 軽症(34℃以上):震え<shivering>
 中等症(30℃~34℃):意識障害,頻脈,過呼吸
 重症(30℃未満):言語反応消失(GCSのV1),徐脈,呼吸回数減少,心室細動(VF)
【病態】
 軽症~中等症:自己の体温調節機能が残っているので,震え<shivering>が生じ基礎代謝を高め熱産生する.
 重症:自己の体温調節機能が破綻し,震え<shivering>も消失する=自力での熱産生が無くなる.基礎代謝が高度に低下し,バイタルサインが微弱になっているために一見心肺停止状態に見えるが,生命がかろうじて保たれている場合がある.
 注意 重症の低体温では徐脈,呼吸数の低下が著明なので,呼吸・脈拍確認は通常より長く30~45秒かけて慎重に行う.
 注意 30℃以下では心筋の被刺激性が亢進し粗暴な体位変換刺激によって心室細動(VF)が発生する.
【治療】
 ①心電図と核心体温(体幹の中心部の体温であるが,通常直腸温や膀胱温を指す)をモニタリングしながら,A(気道)B(呼吸)C(循環)の確保を行う.
 ②体温喪失因子の除去:濡れた衣服は可能な限り速やかに除去し乾いた布でふき取る.傷病者を寝かす場所は直接コンクリート上を避け毛布,段ボールなどを敷いてから寝かせる.
 ③復温:引き続き物理的な復温が治療の中心で,復温の目標は深部体温35℃である.重症度別に復温方法を述べる.
 軽症:自力で熱産生を高める機能が残存しているのでさらなる体温喪失を防ぐことが中心.⇒暖めた毛布と暖かい環境による加温.
 中等症:自力での熱産生が不十分な状態なので外からの加温を行う.⇒電気毛布,温風器,加温加湿酸素(40~45℃)投与,加温した輸液(40~42℃細胞外液).
 重症:中等症と同様に積極的な加温が必要であるが,心肺停止の危険が切迫しており,種々の侵襲的装置を用いた急速な復温が必要になる.⇒加温洗浄液(40~45℃透析液)による2本のチューブを使用した腹膜灌流,加温生理食塩水による2本の胸腔ドレナージチューブを介する閉鎖式胸腔灌流,体外循環による血液加温,人工心肺装置(PCPS)等.
 注意
 *復温時に高度の低血圧(Rewarming shock)を生じることがあるので注意する.
 →Rewarming shockを避けるため,重症低体温からの復温時には30℃を過ぎてからの温度上昇はあまり急がず,輸液量を多くする.

表

2.高温環境:熱中症(Heat illness)

【はじめに】
 前述の低体温症とは逆に夏場では容易に暑熱環境にさらされ,さらに災害による体力の消耗によって,平熱体温に維持する生理的機能が破綻する.必ずしも高体温であるとは限らず,過剰な発汗による脱水や低Na血症などの電解質異常をはじめ様々な病態,症候が含まれるので体温による定義はできない.
【高体温・熱中症を生じる因子】
 ①高い気温環境:夏季は屋外に限らず屋内でも送風・冷房器具の欠如によって暑い環境になる.
 ②高齢者:高齢者は発汗などの体温調整能力が低下するため,外気温の影響を受けやすい.生理的に体内水分が少ないため脱水に陥りやすい.
【想定される状況:東日本大震災の実例】
 ①家屋の倒壊で夏季に長時間屋外に滞在することや,炎天下での復興作業によって発症する.さらに十分な水分の供給がなく脱水になる.
 ②空調設備の無い屋内環境:体育館等が避難所に指定されることが多いが,必ずしも空調が完備されているわけではなく,エネルギー供給の途絶も重なって高気温,多湿環境になりやすい.
 ③長期間避難所などで他人との共同生活:少ない共同トイレしかないため,避難者はトイレ使用の回数を少なくしたいと考え,水分摂取を控える傾向がある.特に高齢者は前立腺肥大などのため日常的に夜間排尿回数が多い.そのため排尿を避けようと水分摂取量を制限して結果的に脱水に陥りやすくなる.
【分類,症状】
 我が国に限らず熱中症分類は混迷しており古典的に熱痙攣,熱疲労,熱射病などの分類がなされてきた.最近以下に示すように,度数表示を用い重症度を反映させた新分類が神経救急学会から示されている.
【病態】
 重症度別に各病態を示す.
 Ⅰ度:発汗と体温調節機構として皮膚の末梢血管拡張によって相対的な循環血液量低下が生じることで一過性の意識消失を生じる.また多量の発汗(水と電解質の喪失)に対して水分のみの補給をすることで,低Na血症から筋痙攣を生じる.
 Ⅱ度:更なる発汗のため高度の脱水になり,体温上昇,循環不全,ショックに陥る.
 Ⅲ度:発汗機能も失われる程に自己の体温調節機能が破綻し,40℃を超える高体温となって,多臓器障害に陥る.
【治療】
 発症の予防が重要であり,避難所での生活指導が重要である.トイレを心配するあまりに水分制限をすることは非常に危険であることや,復興作業に熱心になるあまり脱水やNa喪失を招くことがないように説明して予防に努めることが第一である.定期的な水分摂取,塩分の補給,早期に扇風機を設置して送風環境を構築する.
 重症の場合,生命の危険があるので直ちにA(気道)B(呼吸)C(循環)の確保を行うことは勿論であるが,さらに特殊な治療を重症度別に示す.
 Ⅰ度:安静,経口的に水分とNa補給.通常入院治療は不要.
 Ⅱ度:体温管理,安静と水分・Na補給(点滴).通常入院治療が必要.
 Ⅲ度への進展に注意.Ⅲ度:積極的な体温管理と集中治療.呼吸・循環・DIC治療,電解質異常,低血糖など代謝異常に注意.
*体温管理について
 体温調節機能が破綻し,高体温になっている熱中症患者に対しては,積極的な冷却が必要である.
 ①常温の水(決して冷水ではない)を体表にスプレーし扇風機など風を当てる.高体温患者の場合直ぐに水が蒸発するので,繰り返し実施する.水が蒸散する際の気化熱として体温を奪うことで冷却する方法である.冷たいものを体表に当てると血管が収縮して体温放散が妨げられ,時に震えが生じかえって熱産生を増やす結果になるので注意が必要.
 ②冷たい水で濡らしたタオルなどで体表を冷却する時には震えが来ないようにマッサージをしながら行う.

まとめ

 災害時には家屋損壊による空調設備自体の損失や電気,灯油,電気,水等のライフライン途絶によって空調機能の低下が生じる.また急な避難に際して屋外環境に応じた衣類を十分に用意することは困難である.さらに蓄積する疲労や不適切な食事によって身体の調節機能が低下するため,特に高齢者では様々な異常をきたし易くなる.こうした病態の存在に注意し,避難生活や復興活動での予防や啓蒙は重要である.

著者のCOI(ConflictsofInterest)開示:本論文発表内容に関連して特に申告なし

参考文献
1)福井次矢,黒川清監修:ハリソン内科学第2版.メディカルサイエンスインターナショナル,2006.
2)日本救急医学会監修:救急診療指針改訂第3版.へるす出版,2008.
3)日本内科学会:K-18各論環境性体温異常,内科救急診療指針.日本内科学会認定医制度審議会救急委員会編.2011,236―240.

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