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サバイバルカード改訂 ―東日本大震災以降の教訓を受けて―

サバイバルカード改訂 ―東日本大震災以降の教訓を受けて―

廣瀬 保夫(新潟市民病院救命救急・循環器病・脳卒中センター)
奥村 徹(日本中毒学会理事)
鈴木 貴博(川崎市立井田病院救急センター)

〔日内会誌 105:1492~1494,2016〕

Key words 自助,共助,公助,避難3原則,津波てんでんこ

はじめに

 日本内科学会専門医部会 災害医療ワーキンググループ(本WG)では,2010年に日本内科学会雑誌,日本内科学会ホームページ上において「サバイバルカード:自分と家族,地域,被災者を守るために」を公開した1).サバイバルカードは,災害時にまずどう行動するのか,そのための心得や準備をコンパクトにまとめ,折りたたんで財布や定期入れなどに入れて携行することを想定したものである.本カードは,医療関係のみならず,様々な分野で紹介され,活用していただいた.
 その後,2011年3月11日に東日本大震災が発生し,我々日本の医療従事者がこれまでに体験したことのない広範,大規模な被害に見舞われた.それ以降もいくつかの災害が発生したが,その経験を踏まえ,サバイバルカードの一部を改訂することとした.
 前半を事前準備として題名を青字,後半を発災後の事後対応として題名を赤字で示す構成は初版と同様とした.変更の必要がないと考えられる部分も初版を踏襲した.

1.「 災害時の行動原則」と「避難3原則」(カード2)

 大規模災害では行政も被災し,平時は機能する救助の仕組みが被災者にはなかなか届かない現実がある.阪神・淡路大震災でも,倒壊した建物から救出され,生き延びることができた人の約8割が,家族や近所の住民などによって救出されており,消防,警察および自衛隊によって救出された者は約2割であったという2).東日本大震災でも,「公助の限界」が顕在化する場面があちらこちらにみられた.
 今回の改訂を機に,災害時の行動原則として「自助,共助,公助」を示した.この考え方の起源は江戸時代の名君,上杉鷹山米沢藩藩主による「三助」にあるとされ,平時にも重要な規範であるが,「公助」の機能低下が避けられない災害時にはさらに重要性が増すことは再確認しておきたい.
 東日本大震災の教訓からもう1点,片田敏孝群馬大学教授が提唱された「避難3原則」を示した.各地で津波による甚大な被害に見舞われたが,岩手県釜石市では小中学生のほとんどが生存し,「釜石の奇跡」と呼ばれた.釜石の小中学生は教師の指示を待たずに避難を開始した.下校していた学生も含め,「津波が来るぞ,逃げるぞ」と周囲に知らせながら,小児のベビーカーを押し,高齢者の手を引きながら高台に向けて走った.あらかじめ決められていた避難場所よりも高いところがあればそちらに避難した.予定されていた避難場所であれば津波に襲われたと考えられるケースもあったという.その結果として,多くの市民が助かった.「避難3 原則」の教育がその背景にあった.
 「避難3原則」の背景になったのは,東北地方に伝わる「津波てんでんこ」という考え方である.津波の危険がある場合は,各自てんでばらばらでも逃げろ,という意味合いである.率先して避難することは,自分の身を守るだけではなく,他者の避難を促進する意味合いがある3).いざというときに各自がばらばらでも避難できるように,日頃から家族で避難の方法を相談し,それぞれがちゃんと避難できるという信頼関係を構築しておくことにもつながる.「釜石の奇跡」からの重要な教訓である.

2. 災害発生後の行動指針について(カード9,10)

 今回の改訂から,「病院外にいたら」と「病院内にいたら」に分けて記載した.病院外編には,「津波てんでんこ」の教訓を記載した.
 2016 年4 月14 日に発生した熊本地震では,まずM6.5,震度7の地震が発生,28時間後にM7.3,震度7 の地震が続発した.連続する大地震は不意打ちとなり,一度目の地震に耐えた建物が二度目の地震で倒壊するなど,被害が拡大した.前震と本震の関係なのか,独立した地震活動が誘発されたのかなど,その機序は諸説あるようである.いずれにせよ,従来の余震というとらえ方以上に,続発する地震に対する注意が必要であることが浮き彫りになったため,一項を加えることにした.
 院内編では,安全確保,被災情報の把握,災害対策本部,多数傷病者受け入れの準備について記載した.東日本大震災,熊本地震,関東・東北豪雨(2015年9月,鬼怒川堤防決壊)の際には,病院全体の避難を要するような例も発生しており,「避難が必要かどうかの判断」の項を加えた.

3.災害発生時の連絡方法(カード12,13)

 第1 版では,災害時伝言ダイヤル,iモード用の災害用伝言板を主に記載した.現在では携帯電話はスマートフォンが一般的になり,各キャリアが専用のアプリを用意している.また,Facebook,LINEなどのSNS(social networking service)の災害時における情報源,連絡手段としての有用性も明らかとなっている.公衆無線LANの無料開放(00000JAPAN)なども行われるようになり,情報をアップデートした.

4. 災害時,緊急事態時の医療情報(カード15)

 災害時に有用な医療情報を提供するWebサイトをまとめた.広域災害救急医療情報システム(Emergency Medical Information System:EMIS)は,災害時の病院被害や診療状況などが集約され,DMAT(Disaster Medical Assistance Team)派遣などのため必要不可欠な情報源となっており,極めて重要である.
 昨今の国際情勢ではテロや武力攻撃の可能性も排除できない.「国民保護ポータルサイト」は上記に関する情報が提供されている.爆傷サバイバルカードは日本爆傷研究会によって,爆弾テロに対応するうえで知っておきたい知識を,プレホスピタル編,医療機関編の2 つにまとめられたものである.

おわりに

 主に東日本大震災の教訓をもとに,サバイバルカードを改訂した.改訂の最終作業中に熊本地震が発生した.被災された皆様に心よりお見舞い申し上げたい.全力で対応にあたられている多くの医療従事者の皆様にも心より敬意を表したい.今回の災害の経験からもさらに貴重な教訓,示唆が得られることと思われる.また,使用可能なITインフラも日々進歩している.本カードをスマートフォンのアプリ化し,各自の連絡先などを入力し,直接リンク可能とするなどすれば,さらに利便性が高まると思われる.本WGではアプリ化を検討している.一方で,バッテリーが切れた際にも使える紙カードの有用性も揺るがないところであろう.このサバイバルカードは,今後も継続的なアップデートが必要と考える.

著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容に関連して特に申告なし

文献
  1. 奥村 徹:解説:サバイバルカード―災害時に自分と家族,地域,被災者を守るために―.日内会誌 99 : 1376-1378, 2010.
  2. 内閣府:平成26 年版 防災白書.http://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/h26/
  3. 矢守克也:「津波てんでんこ」の4 つの意味.自然災害科学 31 : 35―46, 2012.
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